生きている限りに呼吸をすることが求められる。
液体の中に酸素を含めさせて人間の体組織を活性化させて胚の状態から育成することが可能となっても、
骨密度や筋肉の育成、バランスの要請はままならない。

バスタブにつかりながら口元をつけてブクブクと気泡を上げてそんなことを思った。

私にとっての空気とは何なのか、自答して一人の男こそが自分の存在をしっかりとしたものに固定することを思い知る。

水の中に使っていることは私が生まれてから感じた、いや、感じるという行為すら
感じていなかった世界の一端だった。生まれたときからすでに培養液という
非人間的な環境にあって育った私のことだ。

ほとんど日光を浴びずにいた体は半ば組織が弱体化して、紫外線にとことん弱くなった。

おかげで出かけるたびにわずかに日焼けローションをつけなくてはならない
という情況が私について回った。あの人は出かけるたびに私の足や腕、

それに顔など露出する部分にローションを塗って、
彼自身はサングラス状の視覚補助および音声補助用骨伝動機器を身に付け、
体のズボンやシャツのしたには、アーマー装備を身に着けている。

彼は五感を失った男だった。私が出会ったときにはそうなっており、
私は五感を失った彼しか知らない。微弱な五感は確かに存在する。

味覚は甘いとしょっぱいしか解らず、瞳はぼやけて輪郭すら失われ、印象派の絵画のような絵になって。
触覚は殆どなく、痛いと痛くないしか解らない。

だから、軍にも使用されているインナーアーマーを身に着けて体を動かせる状況へと彼を押し上げている。

バスタブから体から水滴を滴らせながら立ち上がった。
桃色の髪の毛はタオルで纏めて上で縛っていたのでぬれていない。
ただ、白い私の体に水が流れ落ちてゆくだけ。

華奢で壊れやすいような体は、私が忌むべきもの。
だが、そうとも思っていないのに忌むべきとは心にも思ってはうそになる。

わたしはこのラピスラズリという存在であったことに感謝したいくらいなのだ。

研究者達はもっとも私がこのようないびつなんだろうと思う幸せを知ることはないだろうが。

テンカワアキト、それが五感を失ってなお彼からすべてを奪った相手に殺戮行動という癇癪を向ける。
火星の後継者達へと復讐の刃。彼こそが私の半身だった。

肉体は相変わらず別々で、出会ったときから変わらず。
だが、想いと感覚の二つが私達を繋ぐものだった。

体を洗ってゆく。

タオル状のきめの細かい垢すりにボディーソープを垂らして、あわ立てる。
感覚が彼へと伝わっていないことを確認する。
視覚を機械のみに頼って、彼は一人ちびちびとワインを飲んでいた。

あまり深追いすると私にもフィードバックするので気をつける。

機動戦艦ナデシコ  トルコブルー




アキトと呼ばれる男性、彼が私を救出してから半日。
体の筋肉が発達していない私は、彼に抱き上げてもらいながら連れられ、ドクターの検診を受けた。
何時もとは違う、イネスという女医が私の診察に当たる。

裸身をアキトの外套にくるまれた私は、外套のごわごわした生地に、体が敏感になっていた。

鳥肌が立ち上がり、刺激に弱い体は、過敏に反応した。
膝の上と背中に手を回され、私は救い上げられるように搬送されていたので、当然彼の息遣いを近くに感じた。
体をゆっくりとだけど、確実に動かす彼の息遣いは、おかしな位に乱れていない。
顔色は少々青く、酸素の摂取がうまくいっていないのかもしれないと思った。
「もっと、」
声を出してみた。何とか私の声帯の筋肉やら、肺は動いてくれた。
初めてではない。確かに定期的に、培養液から出されていたが、言葉を発するのは最低限でよかった。
こんな風に、声をかけることも思いつかなかった。
「しっかり息したほうがいいよ。」

アキトは何かに驚いたようにして、私を見て頷いた。やっぱり私を抱きかかえたままで、
ゆっくりと大きく息を吸ってみせる。胸が膨らんで、動くさまは、私の小さく動く胸、
その中の肺と同様に横隔膜によって収縮しているのだろう。
理性的に考えた。でも、もっと私は思うことがあった。
「生きてる。」




連合宇宙軍における電子戦闘要員の存在は大きい。
ワンマンオペレーションシップという、あまりにも実験に特化し、資質を求められたナデシコCの登場は、
その疑念を顕現させるのには十分だった。電子戦におけるエキスパートは、
あらゆる場面でソフトウェア的な役割を果たすことが多い。

いずれとは言わず、短い期間で操舵や管制、索敵などの人間が行える部分で
あらゆる意味で見るや感じるなどの行動によって、時間の失うところは戦闘において大きな問題になってくるかもしれない。

だが、ナデシコCに求められたマシンチャイルドという生まれる前から
求められる資質に答えうる人間は確実に存在などしない。
法的な処置を持って、マシンチャイルド・ホシノルリやネルガルに非公式ながら
所属するラピスラズリ、彼女達のような存在を、これから作り出すことは難しかった。

だからこそだろうか、それぞれにナノマシンに親和性の高い一定の学力を収めたものに、
軍は目をつけることとなった。ナノマシンの親和とは、体質的な問題。
そして、一定の学力は基本的な人間として軍に当てはまる人間であるかということだ。

彼らに対して宇宙軍は入隊を所望する旨を伝える。
いや、ちょっとしたアトラクションに参加してもらえないかとの連絡を入れることと成った。
当然、このことに関してネルガルも参加を申し込み、火星の後継者の乱から5年目にして、
ラピスラズリは連合宇宙軍少佐となって宇宙軍に所属することとなった。
書類上は・・・

「アキト。」
身長160センチの、桃色の髪の毛に琥珀色の瞳をした乙女が居た。
場所は連合宇宙軍がトウキョウシティーの衛星都市であるひとつに置かれた、連合宇宙軍本部の演習場の末端。
連合宇宙軍を紹介する広報施設の一室だった。
階級の上位を示すようなケープは人並みに豊かな胸によって押し上げられ、
脚はストッキングに包まれている。スラリとして脚は見ているだけでその気を持つ男からしてみて、十分な眼福の対象だった。

「なんだい。」
軍服の乙女に答えたのは、少年だった。
ダークブラウンの髪の毛は乱雑に伸ばされ、顔にはいまだ子供という印象を感じる容姿。
髭は一切生えることは無い。産毛だけ。それでも、彼の声を聞いたものは一体何事かと思うかもしれない。

容姿は子供だ。だが、その声は十分な男のものであり、
黒尽くめの長袖Yシャツやスラックスは春になろうとする季節に対して、何かしらの違和感すら覚える。
「あのね、本当に私ができるのかな。」
ラピスラズリ少佐、それが乙女の名前だった。

連合宇宙軍が一週間前に技術顧問として入隊を許可したネルガルの出向軍人。
電子戦闘の経験豊富な、エキスパートだった。
「大丈夫さ、ラズリ少佐。ホシノ少佐も居るし、あなたがすべてを受け持つわけではない。
学校の生徒達に対応するのがあなたの仕事ではない。
電子線における親和性がどれほどによく、人格的に適性しているのかを見るのが、君の仕事さ。」

ネルガルが宇宙軍に要請されて作ったのは、擬似IFSともいえる装置だった。
外界から頭部電気信号を受け止め、思考の変換作業を行うはずの補助脳と、
指示伝達を行う端末の開発。これがこの講習に必要とされたものだった。

ラピスの仕事は、今回宇宙軍を訪れる子供、といってもハイスクールスチューデントの相手。
もちろん、冷やかしなどもラピスの心配事だった。
19にも成る彼女は、怜悧な思考容赦の無い倫理観念を持っているが、
アキトの目の前のみで幼さや甘えなどを見せることがあった。

「うん、解った。」
意気込んで、ラピスは両手を握る。
そうして、自分の座る待合室のソファの隣に座る黒尽くめの少年を自分の下に抱き寄せた。
当然、体は密着してアキトと呼ばれた少年はラピスの胸に顔をうずめ、ちょっとした天国気分を味わうことになる。
「がんばるね。」
抱擁を開放して、軽く口付ける。何時もだったらリップしかしない筈の、見知った乙女の唇にはピンクの紅が薄く引かれていた。
「まったく、困ったもんだ。」
唇に残るぬくもりを逃さぬよう、口を軽くつぐんだ後で口紅をふき取り、アキトはラピスと共に呼び出しを待つことにした。

つづ・・・・・・・・・・かない。よ?



桃色の髪の魔女は、魔女と言えるほど体躯が大人ではなく、魔女というほどに醜悪な容姿ではなかった。
首に下げた階位を示すブローチは女王に与えられる虹の宝玉が収まっている。

「聖杯の中身を満たさなければ、泡沫の生にしがみつく私は、アキトと一緒に生きられない。」
黒の色を頂く吸血鬼、テンカワアキトは自分のいとおしい少女、ラピスラズリの声に頷く。
「ああ、決して離さないないように、俺が牙を立てても同属にならない、
何度と無く味わえる血液、そして、千年の時間を越えてあいま見えたいとしい君を完全にしなくてはならない。」

テンカワアキトは、黒の色を頂く唯一の乙女しか愛さぬ吸血鬼だった。
吸血鬼とは、血を必ず飲まなくては成らないと考えられている。だが、それは大きな間違いといえるだろう。
吸血鬼は人間から派生した、人間と死者の間をさまよう暗黒の住人なのだ。

体の形、容姿、声、性別や種族は変えることができる。だが、結局彼らは生者の血液という楔を持たなくては生きてゆけない。
そのような種族の中で、テンカワアキトとは格段に力を持つ吸血鬼といえた。

千年前にあった魔法王国「ユーチャリス」の若すぎる女王ラピスラズリの血液を飲み、
彼女が死に絶えたのち千年の時間を死んだラピスラズリの血液を楔として生き残ったのだ。
何も起こさない事は無く、むしろ活動的と言えるような動きを歴史に刻みながら。

そして、ラピスラズリもまた、千年の時を越えて生きてきた魔女だった。
「アキト、」
空を飛ぶ感覚は、ラピスにとって懐かしいなどといえるものではない。これが当たり前なのだから、当然と感じる。
ユーチャリスの王族は、星と空と地の間にある仲介種族の妖精の血を取り込んでいる。
今は無きユーチャリス。今に存在するナデシコ。

その二つの王国の王族は、フェアリーの血を取り込んだ一族という共通点があった。
そのことで、アキトが婚姻を申し込まれ、ラピスラズリと再開を果たしたのだから、
これが運命と言わずに何が運命と言えるのだろうか。
「あなたを、放さないよ。」
「ああ。」
小さく答えるぶっきらぼうな、千年の時を過ごしてきた愛しい人に笑いを向ける。
ラピスは常々といわず、眠りから覚めたときから彼が可愛そうな位に一人ぼっちで、
可愛そうな位寂しがっていたのかを感じられた。ゆえに、彼女は微笑んで彼の側に居るのだ。

ただし、表情が硬くてほんのちょっと唇がはにかんだ程度しか笑いが現われていなかったが・・・・





「ラピス、行くぞ。」
唐突に言われた言葉は、どことも知れぬ場所へと向かう旨だった。
アキトは立ち上がって、ご飯を食べるのだと思っていた私に向かって、何処かへと行こうと誘ってくれたのだ。
私は、15歳の少女として彼と同居している。
もっとも、やましい関係でも、愛している関係でもない。いや、私としては愛し合う関係の二人となりたいところだが。
私とアキト、そのほかにアカツキというお兄ちゃんとエリナというお姉ちゃんが一緒に共同生活をしているのだ。
通常ならば、アパートメントのような建造物を思い抱くかもしれないが、私たちが住んでいるのは違った。

アカツキが、あっ、私は呼び捨てで言うの。そう、アカツキが会社を経営していて、
そこで働く人の社員寮の最上クラスの寮のひとつなんだって。

そこで、私とアキトも暮らさせてもらっている。
個人の部屋にはしっかりとキッチンやバスルームがあるのだが、
それをフル稼働にせず、私はアキトの部屋に入り浸ることが多かった。

ソファに横たわって枝毛を探していた私はアキトに釣られられ立ち上がり、
さっさとコートを着ていくサングラスのアキトについてゆくため、
玄関手前においてあるコート掛けから白のコートを取って羽織った。


洋館風の建造物はひとつの通路があり、ドアが並んでいる。
ドアを開けると階段があり、そこをあがると個人部屋になるのだ。
アキトは私のことを時々うかがいながら、リエクリエーションルームを抜けて、玄関から出て駐車場へと向かった。

アキトは生まれつきではないが、感覚異常者だった。
あるときの実験によって、放射能ではないが人体に影響がある実験に巻き込まれて
感覚が麻痺状態になる症状を疾患してしまったのだ。

だから、黒のサングラスっぽい視覚補強機をつけていて、声は抑揚がない状態が常だった。
それでも、車の運転はできた。
オープンカーにも変換できる屋根の付いた軽自動車。それもモスグリーンという色だ。
シートはレカロシートって体にぴったりする窮屈なシート。それに二人して乗り込む。
いささか狭すぎる室内だったけど、改造してあってトランクの積載能力は上昇している。
ハンドルを握ってアキトはさっさと出発した。

向かった先はピザ屋だった。金曜半額の垂れ幕が下がっており、薄暗い室内に赤いライトカバーがされている。
ピザが一部半額なのをアキトは選んで、私はドリアを、アキトはパスタのペスカトーレを頼んだ。
「あと、何か頼まないのか。」
言われて、どうしようかと思った。視線はメニューリストのデザートへと向かう。

パフェの各種は私にとって魅力的だった。でも、あまり夜に食べ過ぎるのも私の趣旨からは外れる。
「どうしよう。」
ううう、と悩んでいると、アキトは私のことを察したのか、「俺も一緒に食べても
いいんだったら、頼んで大丈夫じゃないか」と提案してくれた。

私としては、ひとつのパフェを二人で食べるなんて事は、大歓迎だった。
「じゃあ、イチゴパフェ」
おおよそ、こんなことを考えながら、私の声もまたアキト同様抑揚がない。表情もあんまり豊かじゃなかった。
「わかった。」
前払い制だから、会計を済ませてナンバーを渡される。座席はご自由に。

二人相対する席に座って、コートを脱いで簡単に畳む。
その間にアキトはコートを適当にシート脇に寄せて置いてレシートを不思議そうに眺めて、
何か氷解したようにして自己解決していた。

「どうしたの?」
思わず聞いてしまう。自己解決している彼の姿は何度も見ている。
それで、私は彼の思っていることを知りたくて聞いてみた。
「値段どおりの金額じゃなかったから不思議に思っていたんだ。」
レシートを見せてくれた。
「なに?お会計違った?」
「いや、そうじゃなかったんだ。」
差し出されたレシートには、見覚えの無い欄が。
「奉仕料?」
「夜遅いから、失念していたよ。」
夜遅いとお店の人もやっぱり眠かったり、営業的には嬉しいけど従業員にとってはつらい。
それだからか解らないけど、夜間にこういったお金を取るお店があるそうだ。

店内の雰囲気は落ち着いている。
アメリカにある青年達が溜まり場にするようなバーではないが、
ほんのり暗い店内は、赤の編み籠が傘となっている電灯の光に包まれ、
ラピスは正面でお冷をちびちびと飲んでいるアキトの様子を眺めながら、夜食についてきて良かったと思った。

しばらくして、半額になっていたピザとペスカトーレにドリアが届いた。
それぞれが湯気を立てて、出来立てだよと主張する。

アキトは一緒に運ばれてきた籠に入っていたフォークをラピスに手渡して、自分はスープ用のスプーンとフォークを取った。
「じゃあ、食べよう。」
中央に置いたピザのお皿に乗った、円形で扇形にカットされたピザを切り離す。
とたんにチーズが伸縮して、美味しそうな湯気と、ケチャップやガーリックの匂いが香った。
「いただきます。」
「うん。いただきます。」
二人して、手を合わせることは無かったが、料理を作ってくれた店員と、
原材料の製造にかかわった人間や大地に感謝の念など、複雑な思いは抱かずに口上に挙げた。

ピザはガーリックがしっかりと効いていて美味しい。
一口口に含んだ料理を咀嚼し、嚥下したあとで二人はそれぞれの料理に手をつける。

魚介の入った辛めのペスカトーレの麺に、フォークを差し込んでくるくると巻いて、
スプーンに掬ったスープに浸し、口にする。
「ん。」
口に含んだから、何も言うことは無い。
だが、口内にはぴりりとした刺激が伝わった。

舌がちょっと痛くないか?と疑問の声を提議させるが、麻痺した感覚はそれを通常には感じない。
だが、アキトにも解ることがあった。
「香辛料が多すぎだ。」

やっぱり来て良かった。
口にするドリアの米粒を噛んで、チーズが絡み合ったゴハンが美味しい。
クリームソースはよくゴハンと絡み合って、私はその感触を楽しみ、
手元でフォークを弄りながらこんがりとくっついたチーズをお皿からはずそうと奮闘してみた。

目の前のアキトはなんだか眉を顰めた後で、スパゲッティーを食べるのを再開する。
こうして二人っきりで食べていると、お互いに何かしら発見することはやっぱりあるんだと思う。
アキトは、バランスよく食べたいのか、どれかひとつを一方的に終わらせたくないのか、
スパゲッティーを食べて、ピザを食べるという順番で食べた。

途中で私はピザ2枚との格闘で、一枚をタバスコで激辛にしたのは痛恨の痛手だった。
それでも、やっぱり食事というのは嬉しいものなのだった。
目の前に居る人が、好きな人だということがその感覚を助長させる。

「食べてみるか?」
ドリアを食べ終わったラピスに、自分のペスカトーレを進めてみた。もちろん、ぴりりとした内容を教えてだ。
おっかなびっくりに口に含んで、瞳と驚いた猫のように明滅させた後で。
「辛いね。胡椒が多すぎ。」
と洩らした。思わず微笑ましさを愛で、自分も笑った。
いつか香辛料を求めて旅立った人々は、まさかこのような時代が訪れるとは考えもしなかっただろう。

一通り食べ終えることはできたが、ピザが残ってしまった。
パフェは美味しく頂いたというのに、ピザが残ろうとはラピスは思っていなかった。
おそらくアキトが結構食べると思っていたのだ。
だが、予想に反してパフェに取り掛かろうとしたラピスに、アキトは「残して良いんだ。」と言ったのだ。
「すみません。」
アキトの声を聞いて、店員が近づいてくる。
「ピザの持ち帰りをお願いしたいんだが、あの」
言って、ラピスの後ろを指差す。指差された場所には、熱を発する電球に照らされたピザの箱があった。
「箱を頂いてもいいかな。」
「はい。」と答えて、店員はピザの残りが十分に入る箱を持ってきてくれた。
「ありがとう。」
箱を受け取って、ピザを仕舞うアキトの姿を眺めながら、ラピスはパフェを弄るスプーンをとめていた。
箱に仕舞われてゆくピザは、まるで宝物のようだった。仕舞われるという光景は、なんとも興味深かったのだ。
「アキト、手伝ってね。」
パフェのコーンフレークとアイスをスプーンに載せて、アキトに差し出す。

この時間で、この行為をしなければ、ラピスは面白さのほかに、ちょっとした思い出になる悪戯はできなかっただろう。

会社から帰ってきて、アカツキは一人、リエクリエーションルームのキッチンに入室した。
リビングに面したカウンタータイプのキッチン内部の冷蔵庫には、何かしら食事や食料が置かれているのだ。
「おや、」
中に置かれていたなかで、ひとつの箱に視線が行く。それは、テイクアウトされたピザだった。
電子レンジにそれを箱ごと差し入れて、暖める。
真っ暗な外に対して、明るい室内。そのリエクリエーションルームとも、
リビングともいえる部屋のソファにジャケットを脱いだ後で身を横たえて、スーツのネクタイとボタンを緩め、彼は一息つく。
テーブルに置いたピザとビールを見て、鼻から「ふう」なんて息をだした。
「それじゃあ、頂こうか。」
ソファから身を起こして、彼は夜食をとることにする。

あとがき?
ピザ屋に深夜行って思いつきました。
話しではアキラピで行っていますが、私は一人で、パフェを食べなかったことを追記しましょう。



最近の気温はどんどん低下している。朝になれば、室内ではなることはないが吐く息が白くなる。
ユーチャリスの庭園の芝生にはきらきらと光る霜が降るような季節だった。

「さむい。」

ラピスラズリ、桃色の髪と金色の瞳を持つ現在16歳の少女は起きた早々にベッドの中でつぶやいた。
低血圧の気はないが、夜遅くまで隣室のアキトの部屋で課題や、雑談を行っていたせいで眠気は吹き飛ぶことを知らない。

ぼーっとしながら周りを見渡す。
遮光カーテンによって室内は暗くなっているが光は、否応なしに降り注いで室内に熱をもたらしていた。

「いまは・・・」

見渡して時計を見る。メゾンユーチャリスのひとつの部屋は、通常のアパートなどとは異なる、
ひと家族が住めるリビングとバス、キッチンとベッドなどの部屋がひとつのブロックとなっていて一部屋となっている。

そのような豪華なマンションにおいて、ラピスの住むのはテンカワアキトの部屋の一室だった。
隣室などといいながら、同じ部屋で同棲状態。ラピスは結婚する気満々だった。

寝室に置かれた時計は、出発しなければならない時間の一時間前をさしている。
「おきよ。」

日常にあるかもしれない可能性。「もしも」の世界がこの物語。




「いったい何をしたいんだ?長門。」
女子三人、それもそれぞれが美が付くような女の子に三方向から抱きしめられるという、
普通ならば考えられない状況に、思わず体は反応するってもんだぜ?

朝倉と喜緑先輩の胸は程よく膨らんでいるんだろう、オレの胸に当たっているんだから、
そのやわらかさは言うまでもない。ためしに体を動かしてみれば、柔らかいそれがつぶれるのがいやおうなしに理解できる。

もっとも、一番密着率がたかいのは長門だがな。ながとの胸は手のひらサイズなんだろう。
オレにしっかりとしがみつくようにしているので、全身が密着している。
「・・・」
「あのな、黙られても。」
「急進派は、私にあなたの殺害を提案した。」
「朝倉。」
絶句する。自分がなにをした、自分はなんにもしたわけじゃない。
涼宮ハルヒって季節外れの台風にまきこまれて、竜巻の中でもがいている
牛的な立場の俺にどうしてそういった破格の対応がくるのかね、なんだかねえ。

「もちろん、あなたは何もしていません。穏健派としては、あなたの安全を保障したい。わたしと長門さんはそう思ってます。」
「で、それでどうして俺はこうなってるんだ?」
聞かずにはおれまい。
「変化を求めるのは、急進派、穏健派ともに同じ。
でも、過剰な変化が涼宮ハルヒへどのような影響を与えるのかは、全くの未知数。
考えられないことを発生させる可能性もある。」
で、それでおれはこうやって抱きしめられていて、なんか起こるまで待つって言うのか?

「ちがいます。」
「あなたの変化は、」
「対象の変化へと繋がる。」
なんだかねえ。
「こうやって、事情を説明したのだって、私がやらなければ誰もやろうとしないんだよ。」
朝倉、殺すなんていいながらそんな風に言われても困るんだが。
「もっとも、わたしはお手紙で告白して、あなたにアプローチしようと提案したんですが。」
喜緑さん、あなたは純情な後輩をどう思っていらっしゃるんでしょうか、しばし喫茶店でご一緒したいものです。

「手段が同一でも、直接でフェアが良い。よって、あなたにこうしてアプローチすることにした。」
長門、眼鏡ごしに見上げられてもこまるぜ。





まったくもって、入学と共に訪れるイベントというものは退屈でありながら、
どことなくわくわくとした期待を覚えさせるものである。3年間を過ごす学びやで、
どのような行動を起こすのかというのは自分が所属する団体に一重に重みが掛かっていると言えるだろう。

かったりーなんていう谷口と、どこにしようかな?などという国木田をわき目に、先ほど終えたイベントを思い出す。
「クラブ活動か、どうしたもんかね。」
部活動というものは、学生の所属を決定するものだ。
スポーツ系ならば汗水たらして肉体訓練に励み、文化部ならばその文化部の目標とするべき学問やら、賞を目指す。

それで、珍しいことに此処、北高には同好会がある。まったくもって非効率的に枝分かれした団体があるのだ。
「いちいち同好会まで説明するなんて、面倒なことするよな。」
おい、いちいち聞いちゃ居ないお前に言われたくないだろうよ。
「しょうがないよ。」
「あっちは死活問題もあるだろうしな。」
人数が足りなくなれば消え去るような部や同好会もあるだろう。

「じゃ、一通り興味のある部でも回ってみますかね。」
谷口と国木田の二人と別れて行動することにした。説明会翌日のことだ。
当然遠巻きに涼宮がなにやら騒動を起こしていると聞いて、はあ、なにやってるんだかねえ。と思う。
なんでもすべての同好会や部に顔を出していずれも体験入部しているらしい。
非凡で何でもこなす人間の下に、超能力者でも現れると信じているんだろうか?
実際に居る超能力者よ、お前たちは天才と馬鹿をもってる人間にあつまるか?
旧館などという仰々しい名前で通っているクラブハウス棟に侵入。言い方が悪かったな、入棟というやつだ。

「写真部か、」
くしゃくしゃにならないが、ヨレが見えるプリントに書かれた今日向かうべき活動しているはずの部室へと向かう。
場所はわかりやすかった。以前は理科室だったと思われる広めの部室だった。
「すいませーん。」
ノックして3回。中でなにやらどたばた、などというコメディ音は聞こえなかったが、
忙しそうな足音がしたあとで、ドアが開いた。

「入部希望者の方でしょうか。」
波打った黄緑色の髪の毛を左右に分けた、小柄な先輩だった。
「いや、いきなり入部することは無いんですけど、体験入部で。」
俺を見上げた後に、ドアをさらに開け放った後に先輩が部屋へともどってゆく。
「どうぞ。今現像作業中なんで、静かにしてくださいね。」


理科室だったらしき空間に入ってみれば、明るい室内だった。
パイプ椅子がいくつか置かれ、会議用テーブルの上には鞄やカメラ、フィルムが置かれている。
これならば、一度は見たことがあるような機材だ。
「体験入部の方には、現像の工程を一度行ってもらうんですけど。」
「はあ。」
なにか小難しいことを言われるのだろうか。一度は体験してもいいんじゃないかと思う。
「時間が結構掛かるし、大丈夫でしょうか。」
「は?」

穏やかな表情には、心配の色が浮かんでいた。どうやら先輩は俺の帰り時間を心配してくれているようだった。
もちろんながら、バイトをしておらず早く帰っても部屋での暇をマンガで無聊を慰めるだけだ。
「大丈夫ですよ。」
「では。」
安心した表情で、先輩が用紙を出してくれた。
「体験入部の方には書いてもらうんですよ。」
差し出されたプリントには名前とクラスと携帯電話番号欄がある。
そして、一番下に対応した人の名前が。「喜緑」という苗字に「エミリ」という名前だった。
きみどり、でいいのだろうか。ともかく欄すべてを生めて喜緑さんに提出。

暗室に案内された。
「写真の現像で、現在行われているのはフィルムの銀塩写真とデジタルのデジタル写真です。」
「はあ。」
生返事しかない。難しいことはよくよく考えたって、どうにもならないだろう?
馬の耳に念仏ってヤツだ。
「難しかった、でしょうか。」
見上げられて困った表情の喜緑さんに返す。
「いえ、喜緑さんには非はないのですけど。ちょっと難しそうで。」
「あら、名前教えましたっけ?」
しまった。などと内心毒づきながら、どうしてしまったなどと思ったのかと自己便宜する。

「いえ、さっきの用紙に担当者名がかかれてたんで。」
相手はそれを聞いて納得したという表情を浮かべた後、笑って見せた。
「そうでしたね。それに、自己紹介もしてませんでしたし。私はあなたのいったとおりで、喜緑エミリと言います。
小難しいことを言っても仕方ないので、実践しましょうか。」

ごてごてした機械が暗闇の中の赤いランプに照らされていた。
薬品や水の浸されたバトンがあり、フィルムの留められた物干しロープがある。
「おねがいします。」
イギリス女王陛下へと諂う謁見を許された商人の様に、喜緑さんにお辞儀した。

「で、いかがでした?」
「はあ、結構面倒なんですね。」
結局体験入部というのは簡単なものでしかないのが実情だ。ところがどっこい、
喜緑さんはしっかりと現像の手順を教えながら、温度の調節を行って現像を教えてくれた。小難しい話は無い。
原理を簡単に噛み砕いて、こうすればこうなると言う数式のように教えてくれた。

「それが楽しみのためなら、ですね。」
ひとつ年上のお姉さんの顔で笑って見せた。
この人の写真ならば、真摯な視線の世界が捉えられるんじゃないかなってくらいのまっすぐな瞳だ。
「自分には、たまには良いですけど難しいですよ。」
「そうですか。」
確かに興味は抱く。けれども、常にこうやって現像をこなしてゆけるかは解らないのが実情だ。それに
「俺の撮る写真が芸術には向いてなさそうだし。」
「あら。」
喜緑さんは苦笑するように、笑いを洩らして俺に幽霊部員でも良いから所属してはどうだろうかと
提案してくれた。断ることも、承諾することも無かったが。彼女の提案は魅力的だった。
「たまにでも良いから、参加してみるのも良いと思いますよ。」
「考えときます。」

結局考えておくという言葉の後で、俺はSOS団なんてへんちくりんな団体に所属することになる。
学校非公認のな。それでも、廊下ですれ違う喜緑さんに会釈したりすることはあるのだった。
喜緑さんは俺の会釈に対して、会釈で返してくれ、すれ違うだけだった。

だけれど、長門の部屋で朝倉を含めて、彼女とは出会うとは思わなかった。

もちろん朝倉と会うことも想定範囲外だったが。

もっとも、これは別の話だがな。

あと
考えなしにやって、自身の未熟知識を捻出してこんな感じ。
出来損ないだけれど、楽しんでいただければ幸いです。