宇宙へ

ブリッジに集まった主要クルー。

今回は連合宇宙軍に地球の防衛ラインの要である
ビックバリアの解除を求めるために話し合いをする為に集まっていた。

通信士であるメグミはせっせと通信設定を行い既に通信してもかまわない状況と成っている。
しかし艦長ミスマルユリカがきていないのだ。そのこともあってかプロスの顔色は少々怒りを表していた。
「艦長は遅いですなあ。」
そういいつつハンカチであせも流れていない顔を拭く。そんな時その肝心の彼女が現れた。
「すいませーん。送れちゃいました。」

笑いながら言うユリカ、彼女の格好は誠にこの場に合わない格好であり、アキトとプロスは自らのこめかみを抑えた。
「晴れ着で来るとは聞いていなかったが。」
ゴートの声にユリカが答える。
「相手は外人さんですし、愛嬌見せなくちゃ。」
そう、彼女は晴れ着姿であった。何処から持ってきたのかは謎だがナデシコの花があしらわれた明るい色の晴れ着である。
あきれて物も言えないプロスとラピスに頭を撫でられているアキトが止める前にユリカが指示を出す。

「通信を開いてください。」
ウインドウ全体に連合宇宙軍の会議室の様子が移り、その中央に居る総司令たる黒人男性が映る。
その彼等に向かってミスマルユリカ嬢の第一声は・・・・
「あけまして、おめでとうございまーす。」
ため息をつくあちらの総司令、それにアキトとプロスの2人。そしてルリとラピスは頬杖を突いて「はあ、ばか。」とつぶやき、
インド代表からは「フジヤマ。」「ゲイシャ。」などの言葉が飛び交い、
極東区の集まる場所では親ばかカイゼル髭のニコニコ笑うミスマルコウイチロウとその隣で
頭を抱えるタナカ・サブロウの姿が見えた。英語での交渉を始めるユリカ。

しかし、その交渉をさえぎって総司令はこういう。
「ナデシコ艦長、我々は貴艦を第13艦隊独立ナデシコ部隊とする。
このことはノウンとネルガルとも話がつき、現在の会議でも多少の問題点が出たが、それも許可された。
今回は特例中の特例として貴艦をのためにビッグバリアを解除する。
ただしデルフィニュウム部隊にアオイ・ジュン少尉ともう一人ネルガルの機動兵器パイロットを送らさせる。
最後に時間内に突破すること。さもなくば連合宇宙軍はナデシコを反逆者として扱う。以上だ。」

そう言って一方的にウインドウは閉じられた。
「あれ?」
「簡単に行きましたな。まあ最初から軍との交渉は行われ、
続けられていましたがこう言った形にもってゆくとは思いませんでした。」

フクベ提督の顔も少々ほころんでいる。今まで彼を祭り上げていた彼らの態度の急変に
驚きながらも良いことだと思ったのだろう。ただ彼らは知らない。本当は連合宇宙軍の幹部の元に
匿名のメールで自らのスキャンダルやそう言ったものがないものたちにはその者の欲しがる物。
又はその家族が欲しがる物を送られ、このことを指示されたのだ。
このことに付いてはノウン発案でネルガルも協力体制をとり。軍に先の非礼を詫び、
この第13艦隊独立ナデシコ部隊が発足したのだ。民間人を乗艦させてあるこの戦艦は他の艦隊とは違い、
給与やサービスはネルガルが行い、情報などはその方面のノウンが協力体制をとることとなっている。

他にもこのことではネルガルの商品がこの先本当に木星トカゲに通用するのかという実験艦の役目も帯びており、
その帰艦した時に、データを収集、改善した更なる物を現在急ピッチで行われているナデシコシリーズの
メインコンピューターに搭載し、それをナデシコ艦隊とすることになっているだ。

その命令権限は連合宇宙軍とネルガル、ノウンの3つに成っており、ネルガルが一番、
連合宇宙軍が2番、そしてノウンという順番で命令権を持っている。

通信が切られて忙しくなるナデシコは送られてきた時刻が1日先であることがわかると
プロスの指示により、佐世保ドッグへ向かい食料や武器などがいまだ残っているナデシコに更に補給することになった。

補給ということになってクルーは休暇状態となり、
海賊行動を起こしたムネタケとその部下達は降ろされることと成った。

そうした中でクルーはある物は服を買いに行き、ある者は町を散策しに行き、
ある物はナデシコに残り仕事をこなしていた。

そんな中でアキト、ラピスの2人もそれは同じであった。街に繰り出す2人のお供は長袖のTシャツにデニム、
それにフリースを着たハルカミナトとラピスが持ってきていたというTシャツ
にオーバーオールと防寒にとのコートの出で立ちのルリ。

もちろんその洋服はルリへの贈り物となった。初めての贈り物に戸惑いつつもルリはそれを受け取った。
佐世保の海に浮かぶナデシコから下りた4人はまずは散策する。
色々な店があり、飲食店がある。その中にはアキトの覚えもある飲食店もある。
その中で彼らはこれから必要であると思われるものを買うため、一見の店に入った。

それは瀬戸物屋。ラピスとミナトの発案によってこのメンバーで一緒にご飯を食べようということになり、
そのためのお茶碗と湯飲みを持っていないルリのものの購入と相成ったわけである。店に入り品物を見渡す。
「けっこうあるわねえ。」
見渡してミナトはそこにあった茶碗を手にとって見る。
ラピスは湯飲みを手に取り見ている。真っ白の茶碗や赤いものなど茶碗が並ぶ中でルリはひとつの物を取った。
「これが、良いかもしれない。」

僅かにうれしそうにするルリ。彼らはルリのためにその水色の茶碗と同じ色合いの湯飲みを買うことにした。
会計に向かう女性3人衆の後ろでアキトは店の前で待っていた。
腕を組むサングラスによって暗くされた空を見上げる。
そんな彼は黒のコートを引っ張られ、その先を見る。そこに立つのは1人の少年。
「ユキ・・ト?」
アキトの口から自分の前に居る少年の名前を呼ぶ。
「久しぶり。父さん。」
「今まで、何処に言ってたんだ?ラピスも俺も、心配してたんだぞ。」
それに笑って言い返すユキト。
「ちょっと叔父さんのところに行ってたんだ。でも、逢いに行って良いっていったから来たんだ。」
「じゃあ、又一緒に居られるのか?」
アキトがユキトの肩を持って聞くがユキトは顔を下に向ける。
「じゃあ、ね。」

アキトの腕を振り切って走り出すユキト。ユキトを追ってアキトも走る。
小さな路地を曲がるユキトを追うアキト。だが、そこに広がったのは青いボソンの光芒。
「ユキト、また、逢えるよな。」
3年前に現れ、1年前に消息を絶った自分を父と呼び、ラピスを母と読んだ一人の少年ユキト。
アキトはそのことを考えてから元の場所に戻った。


◆◆◆


「ふえええん。アキト何処行ったの?」
「艦長、まだ書類の方は残ってますよ。」
書類と物資の供給にあたり彼らはナデシコに残されていた。
ナデシコと陸地を結ぶ場所に立つプロスペクターとゴート、それにユリカは物資の確認を行っていた。

食料が来ればウインドウに表示された欄をチェックして搬入を確認する。
その中でひときわ大きいものが搬入されてくる。
それはコンテナであった。側面にはしっかりと陰と陽の象徴、対極が描かれたノウンのプレート。
それが今回搬入されてくるというのはプロスは知らされていた。

それにその中身は決して勘繰ってはいけないという指示も受けていた。
それを見てプロスは内部を探ろうとして一種の特殊センサーを作動させた。
トラックに載せられたコンテナを一周してみる。本来その内部にある物の影を見せるはずの端末。
だが、そこには何も映らない。
「困りましたなあ。」
そう言ってプロスは運転手と話に行く。
「コンテナの中身を見せていただけないでしょうか?」
「判りました。」

本来あけてはいけないといわれているコンテナではあったがそのことを運転手は知るはずも無かった。
トラックの脇にある箱をあける。内部にあるのはコンテナを開ける為のカードキー。
それをプロスは受け取るとコンテナの脇のパネルにそれを通す。
そして暗証番号を求められたため、コンテナの開封を取りやめるのであった。

翌日

軍になるかも知れないということで辞職した一部のクルー以外のクルーが全員そろい、
ナデシコは浮上を開始した。その作業中にアキトは上の階に上がり、プロスの後ろに立つ。

「昨日は、コンテナを探ったようですねえ。しかしそれは契約違反じゃないんですか?」
アキトの言葉にそのままの笑顔でプロスは言う。
「こちらとしても未確認の物を入れるわけには。」
しかし、次の言葉がプロスの肝を冷やした。
「物理的攻撃をしなかったのは懸命な判断でしたね。あれはそう言ったことを受けたら
防御用に装備されたレーザーに焼くように設定されています。今回のことは不問にしましょう。」
「そうしましょうねテンカワさん。」
テンカワの部分を大きく言ったプロスを怪訝に思ったアキトだったがその真意がわかる。
「アキト!」

昨日アキトに逢うことも無くナデシコでの物資の搬入に参加していたユリカが彼に振り返る。
だが、彼女が先に見たのはクローの先端であった。
「正直あんたは嫌いなんだ。静かにしてもらおう。」
クローのひとつが首に触れており、凶器であるその物の冷たさを彼女に伝える。
そして離れると同時にへなへなと脱力したのであった。
「艦長がいかに無能かと判断した場合は俺は見捨ててもいいと考えている。肝に命じとけ。」

アキトはジャンプでラピスの席の後に降り立つ。
そして何事も無かったようにポケットから飴を出すと袋を破り、ラピスの口に運んだ。
「ラピス。」
それにラピスも気づき、アキトの指ごと舐める。うっとりとしながら指と飴を舐める音がブリッジに静寂をもたらし、
甘い2人の行動に呆然のクルーの中でミナトは言う。

「はい、ご馳走様。」

浮上を開始して上昇するナデシコ。向かうのはデルフィニュウムの格納されたコロニーサクラ。
そこには軍との和解の印でもあるアオイ・ジュンともう一人のテストパイロットが待っている。
しかし、そんなナデシコに第 防衛ラインのミサイルが接触してきたのだ。
「軍のほうとの話はついているのですが。」
プロスの言葉を聞いてかどうかは知らないが通信が入る。

「バッタにハッキングされた、ミサイルはディストーションフィールドに阻まれるだろうが、
第3防衛ラインの方も攻撃を受けている。急いでいってくれ。」

「わかりました。」
艦長として答えてからユリカは言う。
「ミナトさん、最高スピードで行ってください。」
「オッケー。」
ナデシコの速度が僅かに上がる。相変わらずミサイルはナデシコの向かって飛来してくるのだが
それらはしっかりとディストーションフィールドの阻まれて振動となってナデシコ艦内に現れる。

その間にもアキトとラピスは飴を舐めたり、ルリとミナト、
ついでにメグミと飴を要求する声がうるさいユリカにも飴を分けていた。
やがて明るかった外は暗くなり、ナデシコが大気圏すれすれに来ていることが判った。
ぽつんと見えるコロニー、サクラとの距離もだんだんと近づき、その大きさがはっきりとしてくる。
接近してきたナデシコに通信が入る。

「こちらコロニーサクラだ。いまからアオイ少尉とイツキカザマさんが出ます。乗艦させてください。」

「了解した。」
なぜか艦長ではなくアキトが答え、通信が閉じるとサクラからコンテナを搭載した小型艦が接近する。
接近してきたバッタが攻撃を加えてきたのだがそのコンテナより現れたエステバリスが
起動してラピッドライフルの一斉照射でそれを乗り切り、ナデシコの入艦ドッグに入ってきた。

静止衛星軌道を過ぎ去り、ナデシコは地球からの攻撃が届かないくらいの位置に来ていた。
格納庫には主要クルーがフクベとプロスを覗きこの場にきていた。
その彼らの視線の先には先ほど入艦した小型艦とエステバリスの姿があった。
その中からアオイ。ジュンが出る。
「軍より着ましたアオイ・ジュン少尉です。ナデシコに副長として乗艦許可を願います。」
「許可します。ジュン君、この間はごめんね。それと、最高のお友達だね。」
「はいはい。」ジュンは肩を落としながらもそう答えた。

今まで格納庫の端に居たエステバリスに整備班によって階段が取り付けられ、
そこから一人の女性があらわれる。赤い女性用パイロット服を着て宇宙用のヘルメットを装備している。
彼女はアキトとラピスなどが居る場所まで来るとヘルメットを外した。
現れるのは紫色であり、黒の美しい長髪。
そうして彼女は僅かに髪の毛を整えるとユリカの前に立った。

「ネルガルテストパイロット、イツキカザマです。乗艦許可をお願いします。」
「はい。許可します。私は艦長のミスマルユリカ。よろしくね。」
「はい。」

ユリカから出された手を握るイツキ。その様子をいつのまにかきていた整備班たちが
撮影していたのは格納庫に女性パイロットが来たといううれしさであろう。
これによってナデシコ美女コンテストが行おうと画策するウリバタケの中で一人候補が増えたのであった。
「それでは当艦はサツキミドリ2号に向かいます。配置に付いてください。」
「あと、僕の持ってきたコンテナの中に0G戦フレームの予備が一機は行ってますので整備班の人お願いします。」
「うーす。」
ジュンの言葉を聞き、まだ見ぬ機体を求めウリバタケたちがコンテナに向かった。

◆◆◆

「副長になりましたアオイ。ジュンです。よろしくお願いします。」
ブリッジに戻った彼らは再び自己紹介をすることになった。ジュンの自己紹介が終わり、
赤いパイロット服を着たイツキも僅かに後れながらやってくる。
「遅れましたか?」

そういってアキトに聞くイツキにアキトも言う。
「いや、そんなことは無い。」
「そうですか。」
イツキはクルーにを見渡せるような位置に立つと自己紹介を始めるため、深呼吸をした。
「ネルガル、テストパイロットのイツキ・カザマです。よろしくお願いします。」

頭を深々と下げる彼女に僅かながらジュンには無かった拍手が起こる。それを受けて少々紅くなりながらイツキはオペレータ席に向かった。
ナデシコは既に進んでおり、その航路を決定するオペレーターは既に作業を終え、
ラピスとルリはアキトを交えてその自己紹介を眺めていた。その彼らの場所にイツキが着た。
「あの、テンカワさん・・・・ですよね。」
「そうだ。ノウンの出向社員としてパイロットとして乗っている。よろしく。」
そう言ってイツキに握手する。
「あっ、はい。でもあなたはコックじゃなかったんですか。」
「ええ。俺はパイロットであり、このラピスの家族です。血はつながっていませんが。」
そう言ってラピスの後ろに回り、イツキにラピスを見せる。
「ラピスラズリです。よろしくイツキさん。」そう言ってラピスも彼女と握手した。
「はい。よろしくラピスさん。」
イツキに握手してからラピスはアキトをイスに座らせて、自分も座るとお互いの自己紹介をする。
最初にラピスのイスの後ろに立つアキトが言う。
「テンカワアキト18歳、ユートピアコロニー出身だ。ノウンの出向社員でもありラピスの家族でもある。よろしく。」

「次は私ね。」
いつのまにかきていたのかミナトがイツキのイスの後ろに立つ。
「ハルカミナト、22歳。3サイズは秘密で、社長秘書がつまんないんでナデシコに乗ったの。よ・ろ・し・く・」
あまい投げキッスがなぜか飛ばされる。呆けてしまったイツキの前にひとつの小さな影が立つ。
「ホシノルリ、オペレータ、11歳で。イツキカザマさんよろしく。」
「は、はあ。」
小さ目のルリの自己紹介に驚いているイツキに更に自己紹介は続く。
「ラピスラズリ。15歳。アキトと同じくノウンの出向社員で、
将来のアキトのパートナーで、ルリちゃんのお姉さん役2号でーす。」
ラピスの言葉に驚くルリと笑うラピス。
「ちなみに1号はミナトさんで3号はイツキさん。いいですよね?」
「はい。喜んで。」
イツキもそう答えて。ミナトも同じようにウインクして了承を出す。
「それじゃあ、俺がお兄さん1号かな?」

アキトの茶化したような言葉に驚いてしまうルリであった。そのあとはメグミの紹介が終わり、
暇となってしまったその場で仕事であるローテーションが終わったものは帰る解散となった。

格納庫

格納庫ではパイロット達がそれぞれの機体を整備するために集まっていた。
それにヤマダの機体に0G戦フレームを合わせることもしていた。
「おーい、どうだ?」
ヤマダの機体の前に立ち、ウリバタケはメガホンで聞く。
「さっすが博士だぜ。新メカの調子は良いぜ。」
そういうヤマダに苦笑しながらウリバタケはその場を他のものに任せてイツキの機体の前に行く。

「どうだい?イツキさん・・だったか?」
「はい。やっぱり慣れてる機体ですから良いですよ。」
「そりゃ良かった。」
その隣にあるほかの2つとは一風代わった機体の前に向かう。
「テンカワ、どうだ?」
ひとつだけネルガルで作られたものではないこの機体にはウリバタケも興味を持っていた。
しかし彼の願い敵わず何故か作動するディストーションフィールドに解体と研究を阻まれていたのだ。
「良いですよ。」
「そいつには触れないんだが、宇宙は大丈夫なのか?」

ウリバタケはそこを気にしていた。彼の機体には一度も触らずに居たので構造もわからなかったのだ。
「いけますよ。設定を変えていけば。」
「そうか。それならいいんだが、俺たちにも触らさせてくれないか?」
「良いですよ。」
アサルトピットから出てアキトは収納されたコンソールを操作して、自己防衛システムをダウンさせる。
「これで大丈夫です。たとえ解体してもすぐに戻してください。」
「わかったよ。」
うんざりしたような言葉で返し、彼は機体の前に向かった。

翌朝
イツキにあてがわれた部屋には既に昨日家具などが持ち込まれ、イツキはまどろみの中に居た。
そんな彼女の部屋には一人の来客者が。ピーンポーンというインターホンの音で目覚めた
イツキはあたりを見渡した後ゆっくりと意識を回復させた。
「そうか。ナデシコにきてたんだ。私が最後に居た戦艦。消えるロボット。それにテンカワさん。」

イツキはその思考をインターホンによってさえぎられ、彼女はその格好のままで応対する。
「はい?どちら様でしょう?」
重たい瞼をこすりながらイツキはその朝早くに着たお客を見る。
それは彼女が最後に見た黄色の制服を着たテンカワアキトではなく、黒の制服を着て目を隠すような
黒のサングラスを掛けたテンカワアキトの姿であった。

その彼を前にして彼女の脳はすさまじい速さで覚醒した。
「あっ?テンカワさん?」
寝ぼけ眼で彼を見る。
「イツキさん、ちょと茶碗とおわんと箸を持って来てくれないかな?」
「はあ。」
なんとなく生半可な返事をするイツキの耳元にアキトは口を寄せる。
「寝ぼけ眼のままのイツキさん、いつもと違うんだね。」
彼女だけにしか聞こえないような大きさで言われたその言葉は彼女がパジャマであり、
ノーブラでもあったことを思い出させすぐに部屋へ戻った。
先ほどとは違い、赤い制服をきたイツキはアキトの後を茶碗を持って歩いていた。
「朝早くからなんですか?」
「いや。朝食に誘おうと思ってね。着いたよ。」

そう言って彼はナデシコ食堂とは違ったひとつの仕官用の部屋の前に来ていた。
「ただいま。」
「お邪魔します。」
二人の前にはラピスが応対する。
「おはようイツキさん。それと遠慮なくあがって。」
そう言って彼女達にスリッパを勧めた。部屋の中に入るとそこには四角いテーブルがあり、
そこにはルリは一足早く座っており、ミナトがご飯を持っていた。
「イツキさんのお茶碗。」
「わかったわ。らぴらぴ」

受け取ってミナトはそれも同じように盛る。
「これは?」「朝ごはんさ。」
イツキの後ろに立つアキトがそう答え、ルリの正面の場所に座った。
「おはよう。ルリちゃん。」
「あ、おはようございますテンカワさん。」
ルリの挨拶に満足したのかアキトはイツキを手招きで誘い、端にあるイスを勧めた。
「まさかもう一人増えるなんて思っていなかったからね。イスがあってよかったよ。」
そういいつつもアキトは箸を配り、ミナトはご飯を、ラピスはワカメと菜っ葉の入った味噌汁を運び、
イツキの手伝うように鮭の塩焼きを運んだ。すべてがそろい、一同が食卓に並ぶ。

「それでは、いただきます。」
「「「「いただきます」」」」
全員が並べられたものに手を出し始める。今日一日が始まる。

格納庫
朝一番で着ていたウリバタケはある音に気づいた。それはいびき。

「誰か寝てるんか?」

ウリバタケの問いに答えるものは無く、仕方なしに機体のアサルトピットを開ける。
最初はアキト機にむかう。初めて中身を見たコノ機体には彼は驚きと興奮を成しえなかった。
従来のエステバリスのアルゴリズムを凝縮し、更に宇宙、大気圏と設定を変えることによっての
操作が出来る機体に戦慄したものだ。

しかしその機体には誰も居ない。次はイツキ機のアサルトピットを開ける。
アキトのものとは違う純粋なネルガルのものであり、その基本的なフレーム交換というところには
ウリバタケも評価していた。だがその機体にも誰も居ない。

そして最後にパイロットの中で一番騒がしいヤマダの機体。そのアサルトピットをあける。
そこにはよだれをたらして気持ち良さそうに寝ている山田の姿があった。
その彼を見てあきれつつも彼は気づいた。そう、よだれがシートに付いているのだ。
「このバカ野郎。」

ギブスをしたままの彼を引っぺがす。ヤマダは不気味な音を立てて落下したが彼は気にせずにシートを触る。
「こりゃ後でシートを取り替えなくちゃだな。うえー。きたねえ。」
そう言っていやいやそうにシートを触った後彼は再び床に降りてスパナなどを持ってくるように部下に指示を出した。
そんななか足にギブスをして格納庫の床に落ちた山田が冷たい床で寝ているのであった。




ゆっくりと彼はその部屋に向かった。
その部屋に居るであろう人物を尋ねに。
エアーの抜ける音と共にドアが開かれその部屋独特の消毒液のにおいが鼻につく。
「おい山田、生きてるか?」
そう言って彼テンカワアキトは医療室に入室した。

他人>/center>
医療室にあるベッドにはやけにうるさい音楽が流れ、
その中に居るであろう山田の聖典ゲキガンガー3の音楽が流れていた。
「頼まれたもの、持ってきたぞ。」
そう言ってアキトはゲキガンガー超合金モデルを渡す。
「俺の名前はガ・イだ。」

「はいはい。それとそろそろサツキミドリに着く。早いとこ足直せよ。」
「ああ。」
彼は先日エステで寝ている時やってきたウリバタケによって落とされてしまったのだが、
足が折れた時より酷い衝撃が走ったであろう筈なのに彼は足以外を怪我することもなく、
動き回るのが邪魔でこの部屋に拘束されていたのだ。

その彼に頼まれたものを渡したアキトはブリッジに向かった。
ブリッジには全員がそろっており、ちょうどコロニーが見え始めているところであった。
「前方サツキミドリ2号です。サツキミドリ聞こえますか?こちらは機動戦艦ナデシコ。」
メグミの通信に答えた声がインカムを通され。ブリッジ全体に流れる。

「おお、聞こえる聞こえる。」
「着艦準備、お願いします。」
「わかったよ。まかしてくれ。」
しかしその語尾には雑音が入る。
そしてウインドウに移されたコローニーが一瞬揺れるようになり、一部がはじける。
「え?なに」
ルリはコンソールに手を置き、データを処理中であった。そんな彼女にオモイカネからの警告が伝わる。
「衝撃波、来ます。」
衝撃がナデシコを襲う。そんななかで掴り耐える上部のユリカとプロス、そして下ではアキトが平然として立っている。
ユリカはルリに聞く。

「状況を報告。」
「フィールドジェネレータに異物が衝突、フィールド出力僅かに下がります。」
「建材が来てるけどどうする?」
ミナトの問いに頷くユリカ。
「エネルギーをフィールドに最優先。メグミちゃん生存者の確認、急いで。」
下を向いてつぶやいたメグミも生存者のこととなって再びやる気を出し、インカムを手にした。
「はっはい。」
「フィールドジェネレーターの修復に整備班行ってください。ジュン君も一緒に言って確認してきて。」
「了解。」


◆◆◆

ジェネレーターの亀裂部分にはカプセルのようなものが見えており、その周辺は綺麗に溶接されていた。
「こりゃあ。侵入者ですねえ。」
整備班の声を聞いてジュンも宇宙服の中で頷いた。
「いい仕事、してますね。」

「艦内全域に警戒態勢、侵入者有りとのこと、各人コードを入力し、銃の装備を許可する。」
ゴートの声が警報と共に艦内に流れ、銃保管庫にコードを入力して銃を装備するクルー。
ブリッジでもそれは行われ普段から銃を携帯しているアキトとラピス以外は訓練以外でつけたことの無い
銃のホルスターを装備して、銃を握ってホルスターにおさめていた。

銃を持たないルリはいつもの通りコンソールに手を置いてオモイカネと話していたのだがオモイカネは話しながらラピスに情報を送る。

「敵影を確認、4機接近中です。」
「出撃、した方がいいでしょうか?」

イツキの問いに判断を渋るユリカ。ラピスの声に反応して緊張の高まるブリッジと
オモイカネに何故自分の方にデータを送らなかったの?とオモイカネを無言のままIFSでの
意思疎通で問い詰めているルリの目線はその敵機が来るであろう宙域の映されたウインドウを見る。

医療室にも衝撃は走り、山田はその衝撃をベッドの上で受けていた。
「うお!?」
ベッドに寝ながらウインドウに映るゲキガンガーの勇士を見ていた彼はベッドから転げ落ちる。
そのまま彼の頭の上を星が飛んだ。しばらくしてその部屋に入る一人の人物が居た。
「あれ?ここ医療室かな?」
赤いナノマシンで形成されるパイロット服に眼鏡で栗色の髪を持つ
アマノ・ヒカルである。そんな彼女はあることに気づいた。
そう、いまだ倒れている山田の目の前で展開されるあのアニメである。
「ああー!ゲキガンガー3!?」
おもちゃを発見したように彼女は早速ヤマダをイスに座らせ展開されるアニメを見始めた。

次第にウインドウの拡大画像にエステバリスとその一機に牽引された4機の影が見え始める。
「あれは、エステバリス。」
「だが、何故認識コードを出さない?」
ゴートがユリカの言葉を聞き尋ねたのでミナトが答えの可能性を言う。
「トカゲに、乗っ取られている?」ミナトの言葉がブリッジを震撼させる。
「違いますね。」
「うん。」
アキトとラピスの否定の声に全員の注目が集まる。
「ほら、ワイヤーのところ見てください。」
ユリカの言葉に一斉にワイヤー部分を見るブリッジクルー。

エステバリスの機体と機体同士をつなぐワイヤー。そこには白い布が縛られていた。
「牽引時はワイヤーに白い布を縛る。牽引の基本的なことだ。だが、それは車の話だ。」
「トカゲもあれくらいお茶目だといいのにね。」
「お茶目さんなのかな?」

ラピスがミナトの言葉を聞きつぶやいた。

「しかし、格納庫に向かった方が良いのでは?」

中段のオペレーターシートなどがある場所にきていて警戒して、
今までの緊張が解けてたイツキの言葉にアキトは彼女の後ろに立って頷いた。
「格納庫に行こうか。」
「整備班、何人か武器を持って格納庫にきてくれ。」

ゴートの指示が飛び、ユリカとゴート、アキトにイツキの4人がマシンガンを持って警戒する整備班と共に格納庫に向かった。
格納庫にはカタパルトから入ってきた赤い色の機体とその機体に牽引された緑色と、機体がゆっくりと停止する。

そして赤い機体は階段の設置された場所に止まり、固定される。
装甲が開き内部のコックピットであるアサルトピットがシューと言うエアーの
抜ける音と共に開かれ、赤いパイロット服を着た女パイロットが降りてきた。

「お、おんな?」
整備班とユリカの声がシンクロし、降りてきた彼女を出迎えた。
「ふー、ったくたまんねーぜ。」
ヘルメットを取りると現れたのは緑に染められたショートカットの女性であった。
「あ、あなたは?」
一歩先に出て訪ねるユリカに彼女は言う。

「ねえ、ここ風呂何処?それから後は飯ね。」
「ねえ、あなたの名前は?」
ユリカの問いに既に格納庫出入り口の方へ向かっていた彼女の足が止まり振り替える。

「名前を聞くんだったらまずはテメエからじゃねえのか?」
「私はミスマルユリカ本艦の艦長です。」
「ふーん。」
「あの、あなたは?」
「あたしはスバルリョウコ。で、風呂何処?」
「エステバリスの0G戦フレームは3機だけか?」
ゴートの問いに彼女は特に考えるまでも無く答える。
「ああ、もう一機端にあったけど流石に持ってこれなかった。」
「それで、パイロットの方たちは?」イツキは少々心配そうに彼女に尋ねる。
「さあ、生きてんだかおっちんでるんだか?」
「生きてるよー?」
「げっ!」
格納庫の前に立つのはリョウコと同じパイロット服のヒカルであった。

「どうもパイロットのアマノヒカル 歳蛇使い座で好きなものはピザの端っこと
ちょっと湿気ったおせんべいでーす。よろしくお願いしまーす。」
ぴーと言う音と共にカチューシャに付けられたおもちゃが伸び縮みする。
「ははは。」
それを前に苦笑するユリカと整備班、それにフラッたと倒れたイツキはアキトに支えられ、何とか意識を保っていた。
「すみません。」
「どういたしまして。」
アキトとイツキの丁々発止の会話で、イツキはアキトに支えてもらいながら立ち上がった。

「まあ、2人も居れば十分か。」
「勝手に殺さないで。」
リョウコのコミュニケからユリカたちの知らない人の声が聞こえてくる。
「イズミちゃん!生きてたの。」
ヒカルが駆け寄りコミュニケに話す。
「おいオメエ今何処に居るんだよ。」
「それは・・・・いえない。それよりリョウコ、ツールボックス開けて。」

コミュニケの声を聞き、全員の視線がツールボックスに集まる。
ひっそりとリョウコの機体によって端に置かれたツールボックス。
そしてそのボックスにリョウコの持っていたリモコンで開封の命令が出る。
白い謎の空気が出て圧縮されたボックス内の空気が出る。その開封された湯気のような中からひとつの影が出る。

「あーーーー、空気がおいしい。」

中から出てきた赤いパイロット服を着た長い黒髪の女性。
「こんにゃろー!」
そんな女性の入っているボックスにリョウコが駆け寄り閉じようとする。
「ああ、閉めないで。」
女性も抵抗してその力と力の拮抗が起こり僅かな差で女性が勝った。彼女は振り返り目を潤ませながら言う。
「おねがい閉めないで。鯖じゃないんだからさ。っく、ぷはっはははははは。」

いきなり笑い出す彼女を見て絶句する一同。
「こいつもパイロットのマキイズミ、以下略。」
イツキはそれを見てまたしてもふらふらしているのをアキトに支えられ、他のものは苦笑するしかなかった。


格納庫を後にしてブリッジと向かう全員。
そんな中アキトは背中にイツキを背負ってエレベーターに乗っている。
イツキは先ほどのショックを受けて少々倒れ気味のためユリカの嫉妬の視線を受けながらアキトの背中を満喫していた。

「休憩が終わったらコロニーにエステバリスの回収と生存者の発見、お願いね。」
ユリカの命令にパイロット娘3人組はふうとため息をつき、リョウコが言った。
「人使いの荒い艦だなあ。で、他のパイロットは?」
「一人は医療室に拘束されている足の骨を骨折中の山田さん。
もう一人は今おんぶされているイツキさん。あともう一人が私の王子さ・・・」
ユリカの頬からぽとりと血が一滴滴る。


「ミスマル艦長、俺はあんたの王子じゃない。ただのテンカワアキトだ。」
刺さるはずの無いエレベーターのドアに小さなメスのようなものが刺さっている。
「では、失礼。」
アキトはメスのような飛び道具のひとつを抜き取るとエレベーターの階を押してすぐさま降りていった。
出ると広がっているのは居住区のドア。閉じたエレベーターを見送り、アキトはルームに向かった。

草原と夕日の景色が再現されたその部屋の中央には先ほどの通信で人の最後の言葉を聞いてしまい、
ショックを受けて一人悲しみにくれているメグミの姿があった。
「ここでなにをしてる?」
彼女の後ろにイツキを背負いながらアキトが寄る。
「悲しいんです。人が、人がたくさん死んだって言うのにみんな平気な顔をして普通にしている。
テンカワさんも、悲しくないんですよね。」

メグミの冷めた声を聞いていたイツキが言う。
「彼らは自分のやるべきことをして死んだんです。彼らに悲しみを見せるのは無礼です。」
正直おんぶされているために説得力は低下している。
「あなたには聞いていないわ。」 ヒステリックなメグミの声がイツキを揺らす。そんな中イツキを背負ったままのアキトは口を開く。

「悲しい、か。青いな。」
「なに、言っているんですか?」

「そうやって悲しんでいれば彼らは自分を許してくれるって言うのか?
人の死は自分に何かを与えるって思っているのか?そう思うのならあんたも死ねばいい。」

「え?」
驚きのまなざしをアキトの送るメグミに更にアキトは言葉をつむぐ。
「死んだ奴らのことを主って悲しんだって何か状況が変わるわけは無い。
唯そこで止まって居れば自分のミスで艦内の人を道連れに死ぬだけだ。
あんたはそう言うクチだ。そういう考えもってるんだったらナデシコから降りたほうがいい。」

「それは・・・」
「降りることは出来ないがな。そう言って悲しんで自分も死ぬぞ。」

アキトはそう言うとイツキを背負ったまま部屋を去った。残されたメグミは頭を抱えて涙する。

「私、そうすればいいの?」
そこには明るさなど無く道を教えられず、迷った少女のような心境となったメグミが残された。

「よっしゃー!行くぜ。」
新たに来たパイロットとイツキ、アキトの機体にそれぞれ光が灯り、エステバリスが立ち上がる。
「重力波チャージ。」
ルリのオペレートの元機体がカタパルトによって発射される。
「テンカワさんの機体は何も変わりませんね。」
「宇宙にも対応できるようになって居ますよ。」
「ノウンの技術者達はなかなか兵(つわもの)ぞろいですなあ。」

そう言ってプロスは髭を直した。ラピスはウインドウに映ったコロニーのあった場所を見つめた。

「おーし、ナデシコの重力波圏内から出るぞ。」
ゆっくりと各機体が重力波圏内から出てウインドウに残電力量と限界活動時間が表示される。
「ヤマダ、お前は特に気をつけろよ。」
骨折で療養していたのを無理に出撃してきたヤマダはふんぞり返って言う。
「そんなのは判っている。なんたって俺はヒーローだからな。」

「はいはい。」
「俺はここに残るよ。」
そう言ってアキトは機体を停止させる。
「何でですか?」

イツキが通信で聞き、他のパイロットのウインドウも開かれる。
「敵が中に隠れていて俺たちが居ない間に攻撃、ありえない話じゃない。」
「だったら私も残ります。」

「研究所を護る見せ場、お前だけには一人占めさせないぜ。」
ヤマダ機とイツキ機もその場に止まる。
「わかった。あたいたちは中で機体を確保してくる。もしものことがあったら頼むぜ。」
「いってきまーす。」
「新しいニュース、侵入。」
イズミのギャグが尾を引きながら3機はコロニー内に入っていった。
コロニー内をリョウコにヒカル、イズミ機が侵入する。いくつかの隔壁を押し破り、
コロニーの割りと外側に建設された格納庫にたどり着く。

真っ暗なその空間に赤い警報ランプと警報音が支配していた。
その警報音はリョウコがエステバリスでパネルを押し破ったことにより、
生きていたサブ動力に回路がつながれ光が満ちた。その格納庫をエステバリスが3機進む。
横たわる人のようにあるエステバリスが影に成った場所に取り残されている。
「大きい真珠はっけーん。」
「まあ、簡単に見つかってよかった。」

リョウコ機はその横たわっている機体を回収するため歩みを寄せる。
だが、その機体のカメラアイに不気味な光が灯る。ゆっくりと立ち上がるエステバリス。
その機体の四肢にはバッタが取り付いており、触手の様なケーブルを伸ばしていた。

「バッタにコンピューター、乗っ取られている。」
イズミの声にヒカルが続く。
「デビルエステバリスだ。」
ヒカル命名のそのデビルエステバリスに取り付いたバッタが一斉照射を行う。あたり一帯に光が満ちた。


僅かながらに真空の空間に衝撃が走った。その方向を見てセンサーに返答を聞く。
「小規模の爆発か。」
「何かあったんでしょうか?」
心配そうにイツキはアサルトピット内で手を合わせる。
「何かあってもあいつらは一流さ。俺が認めるんだからな。」
「そうか。」
珍しくまともなヤマダの言葉は少々2人を驚かせつつも納得させられるのであった。

「っち、無駄なことさせやがって。」
フィールドによってその攻撃を耐えた3機はフィールドを解除して立ち上がる。
「で、どうする?」
ヒカルの問いにリョウコは唇を舐めた。
「こちとら売られたケンカだ。勝ってやるぜ。」
リョウコ機がデビルエステバリスに突進を掛けて、拳を突き出す。しかしそれを鮮やかに避けて、
バッタをワイヤークローのように使いサルのようにパイルの上をひょいひょいと移動するデビルエステバリス。

「ひっさーつ、ダブルアタック。」
イズミ機とヒカル機が交互に交差しながら両方から攻撃するそのアタックをバッタの
フィールドパンチで一蹴するデビスエステバリスにリョウコ機が飛来する。

「ボディーが、がら空きだぜ!!」
パンチ用のナックルを装備した攻撃がデビルエステバリスにヒットする。
何枚もの隔壁をデビルエステバリスを押しながら突き破るリョウコ機がついにコロニーの外に出る。

そんな押されていた反動によってデビルエステバリスは止まることも無く、ナデシコの方向に飛んでいったのだ。
「やべえ、あっちに行っちまった。あい、テンカワにイツキ、ヤマダ、そっちに行ったぞ。」

通信が3機それぞれに来る。そんな中3人の注目はこっちに迫ってきているエステバリスの姿であった。
「バッタが取り付き、ハッキングによって制圧、戦力とする。新しいやり方だな。」
アキトの判断に頷くイツキ。
「高度な技術を持つパイロットなら大丈夫でしょうが新米だと大変ですね。」
「ま、こちとらしったこっちゃねえぜ。」
ヤマダ機が先行して攻撃をする。
「ガーイ、スーパーナッパー。」

その攻撃は偶然なのかはたまた奇跡なのかちょうどリョウコにやられていたボディーに向かっていた。
その攻撃を察知したのかデビルエステバリスは先ほどとは打って変わった動きを見せた。
そう、90度回避をしたのだ。宇宙での慣性を明らかに無視したその回避行動にヤマダ機の反応が遅れる。
「なに!?」

手を組み上から振り下ろされる腕がヤマダ機を上も下も無い宇宙の端に飛ばす。
そしてそれを追うデビルエステバリス。その推進力はバッタのものも追加されエステバリスの
通常のものをはるかに越えていた。無人という強みもあり、あちらの方には内臓に衝撃を受ける
パイロットが居ないのだ、だからこそあのような無茶な攻撃が出来るのだ。

そのデビルエステバリスを最高速度で追跡するイツキとアキト。
「まさかあんな攻撃をするとはな。」
「正直驚きです。」
イツキの驚きはあらゆる意味でもいえた。バッタは常に攻撃力の強いもの、
又は高エネルギーの戦艦や、兵器を狙うということをイツキは前の時に聞いていた。

そのイツキの未来の情報はこのバッタには通用しなかったのだ。

「このままじゃ追いつけない。こっちは第一リミッターを外す。後からきてくれ。」
今まで同じくらいであったアキトのエステバリスカスタムの速度がいきなり速くなる。
その背を見ながらイツキは更に追跡を続けた。



「なんなんだこいつ。」
山田は正直に言って苦戦していた。自分の試作機体より少々能力の劣り、
性能の安定しているといわれるその機体はバッタを取り入れたことによって明らかに性能アップしていた。

先ほどから拳を連打しているのだが、それはあちらの手のひらに吸い込まれてしまうのだ。
通常人間は映像を見て目を通し、脳で処理してそれに対しての対抗策を考え、実行する。
だがあちらは完璧な機械であり、電子知能であり、彼の意思が僅かに上乗せてあるものだったのだ。

だからこそ機体との意思伝達に僅かにずれのある人間に対してデビルエステバリスは強みを持っていたのだ。
デビルエステバリスが逆にヤマダ機にパンチの連打をする。それはヤマダ機をしっかりと捕らえていた。

「そこまでだ。」
アキトのエステバリスのブレードの攻撃がエステバリスの背中、人で言うところの脊椎に
あたる場所を通りアサルトピットまで貫いていた。制御系の伝達が行われる場所なので
丈夫に設計されているのだがフィールドを無展開の機体にディストーションフィールドを
纏わせたブレードは最高の威力を見せた。


「ヤマダ、離脱しろ。」
「わかったよ。」
離脱するヤマダ機を確認するとアキトはブレードを抜き、離脱した。
真空中にエステバリスの爆発が起こり、機体回収は断念された。
それぞれの機体から出て格納庫ある貨物輸送カートの台に機体を載せ、パイロット達は機体から降りた。
黒くペイントされ、他のものと比べてほんの少し大きいアキトのエステバリスの前にメグミが立つ。
アサルトピットの開封。アキトがそこから掴りながら降り立ち、彼の前にメグミが立つ。

「で、どうする?」
アキトの不敵な笑いにメグミは返す。
「しばらく、見定めてみようと思います。」
「そうかい。」
アキトはエステバリスに記録された
戦闘データの入ったディスクを持って報告もなしにラピスと一緒の自室に篭もった。

真っ暗で、僅かな光の灯る4畳半の部屋でアキトはディスクを機械に入れ、
ウインドウに表示させる。それはデビルエステバリスの機動能力と変化。

それはいきなり変化してヤマダとの戦いに異常な能力を見せた。どう考えてもヤマダを狙ったもの。
「死したものが生きては成らない。すべては時の流れのまま。というわけか。あいつは何を考えている?」
記憶に残る青年のまねをしてアキトは眉をしかめた。下から出る光によってその影は濃く見えた。



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