「で、この状況は少しつらいな。」
そう言って彼、テンカワアキトは嘆息した。今のエステバリスのアサルトピットの中は寿司詰状態であった。
後にはイネスとイツキの大人の女性グループ。
そして両手の脇には連れてきたテンカワユキトとすねているルリ。
通常のアサルトピットより大きく作られているからといってせいぜい3人が限界な所を、
子供だといってもアキトをあわせて6人乗っているのだ。正直ふらふらしながらシェルターの中の
戦艦の上に滞空しているナデシコに向かってエステバリスを向けた。

格納庫に降り立った通常のエステバリスより大きいアキト専用機から降り立つ1人の
うら若き女性と年上という貫禄の見せる妖艶な女性が一人、それに小さなレディーが1人に
アキトと同じような無表情な男の子が一人。それにアキトが最後に降り立ったことにより格納庫に
居た整備班の視線がアキトに向かった。その視線を受けながらも無表情のアキトの後に何気なくイネスが立つ。

「随分と睨まれていますね。」
「あんたの魅力さ。」

そういって茶化したアキトに軽く笑うイネス。そのことを何気なく聞いていたイツキとルリの
2人は少々紅くなっていた。ブリッジにたどり着き、イネスはその全体を見渡した。

ミナトやメグミ、ゴートや懐かしい上司プロスペクター、それにユリカとジュン。
そして敵と見れば良いのか判らないフクベジン。それらを見渡した後で、中央に座るオペレーター席に座る人物を見た。

ホシノルリ、ヒューマンインターフェイスAAA被験者。

彼女こそが始めての成功したマシンチャイルドである。そしてその彼女はアキトとともに来ていた。
そのことを疑問に思っていたので、それを確かめるために見た。
「あなたは?マシンチャイルドなの?」
そう言ってイネスはラピスに聞いた。
「はい。一応マシンチャイルドです。」
「そうなの。でも、なんかあなたに逢ったことがあるような気がするわ。」
「私は特に覚えていませんが?」
そう言ってラピスが言い交わした後にイネスは再び全員を見渡して口を開いた。

「まあいいわ。私たちは、ナデシコに乗るつもりは無いわ。」
「なぜだ?今まで我々は常に勝ち続けてきた。」
ゴートの反論にイネスはすばやく答える。
「相転移エンジンとディストーションフィールドを解析したのは私であり、
ナデシコの設計にかかわった私だからこそわかる。このナデシコはとてもではないけど木星トカゲには勝てないわ。」

「ですが、この状況であなたが火星に残るのは得策ではないでしょう。それにあなたは
ネルガル社員のフレサンジュ女史だ。若くしてえたあなたの才能をネルガルは捨てるわけには行かないんですよ。」

「わかったわ。プロスさん。」

そう言ってうなずいたと同時にナデシコ内に警報が響き渡った。

「敵、木星トカゲ戦艦隊接近中」
ラピスの報告と共にメインウインドウに拡大された迫りつつある木星の戦艦が見えていた。
「グラビティーブラストフルチャージ。敵の接近位置によって発射タイミングを決めます。」
ルリは本来の自分の席に座り、アキトとイネス、イツキとユキトの4人は戦艦をみる。
後方からやってきたチューリップが加わり、更にどんどん戦艦が増えてゆく。
それは火星の空を覆うかのようなたくさんの戦艦であった。

「何あれ?何であんなに入っているの?」
ミナトの驚愕の声に待ってましたのごとくイネスが答える
「チューリプは戦艦を運んでくる大型戦艦ではなく、一種のゲートなの。
あの向こうには恐らく別の宇宙とつながっていてそこから送り込まれてくるのよ。とめどなくね。」
そのイネスの忠告のような脅かすような声を聞いてユリカはイネスを見下ろして言う。
「イネスさん、ナデシコの力、見ていてください。」
「そうね。見させてもらうわ。あなた達の愚かさを。」
木星の戦艦軍はナデシコと一定の距離をとって停止した。雲霞のごとくとはまさにこのことであった。
空一杯を埋め尽くす戦艦。それは何処に照準を合わせても当てることが出来るくらいであった。
それを前にしてユリカをジュンが小突いた。

「照準、敵戦艦群。グラビティーブラスト、発射。」
ユリカの指示と共にルリはオモイカネに指示を伝え、
ナデシコのグラビティーブラスト発射門が開き、全てを捻じ曲げる破壊の矢が相手に向かって放たれた。

「よっしゃーー」

「ナデシコのかちい!!」

喜びのような声をあげながらグラビティーブラストの向かった方向を見るリョウコとヒカル。
だが、その煙が晴れた後、イネスは不敵な笑みを浮かべた。
「あなた達の無敵と信じたものは敵の専売特許なのよ。
むしろ今まで勝てていたのは相手が手加減や、偵察をしていたから。
だからこそナデシコはここまでこれた喪かもしれないわ。でもこれからは違う。」

ディストーションフィールドでグラビティーブラストを防いだ戦艦達の手法である
グラビティーブラストの砲門に光が灯る。明らかにチャージされてゆくグラビティーブラスト。
それを前にしてゴートがいう。

「フィールドを展開するんだ。」
「あっつ、はい。」
ユリカが早速指示を出そうとする時、アキトが口を開く。
「下のシェルターにはまだ生存者達が居る。いまフィールドを張ったらグラビティーブラストの
跳ね返った攻撃が生き残った人たちの居るシェルターを破壊してしまう。」

「そ、そんな」
ユリカとシェルターに入ったイツキの顔が愕然の色に染まる。
「あの人たちは今も生きているのに。いままで精一杯生きてきたのに。」
「でも、今生き残るためにはフィールドを張るしかない。」

ジュンの冷酷であって現実的な発言にイネスが声を荒げて言う。
「だからこそあなた達はここまでこなければ良かったの。助ける人を殺してでも生き残ろうとする、
助けようとしていた人を見殺しにしようとする。それだったら火星にあなた達がこなかった方がまだ持ったわ。」

打ちひしがれるクルー。ウインドウ通信が艦内に広げられていたため、そのことばはナデシコ全体を静かにさせた。

「提督、艦長にはこの決断は無理のようです。」
「ウム。」
プロスの声に頷くフクベ。以前、第一次火星対戦でのチューリップに艦をぶつけようとした
シュミレーションデータを思い出し、彼は思う。自分は若者達を護るため、この決断を、
民を殺そうとしてるのか。そんな思いがフクベに募った。そして彼が口を開こうとした。

だが、それはイネスの糾弾によってさえぎられた。

「あなたは、火星会戦での指揮を取ってたのよね。」
「そうだが、」
フクベのことばを聞いてイネスは言う。
「火星会戦ではあなたはチューリップに戦艦をぶつけて軌道を変えようと考えたそうだけど。
でもそれは第三者によってさえぎられた。それであなたは人命救助をしたけど、
それは他人の力を借りただけ。あなたはそれをどう考えているの?」

「わしはそのときに出来たことをやったまでだ。」
「そう。」

グラビティーブラストが一斉に発射される。それに対してユリカは口を開いた。
「フィールド、展開。」
ルリがフィールドを展開させる。衝撃に震えるナデシコ内でイネスは言った。
「フィールドを張っていてもこの威力。やはりあなた達には英雄になる資格は無かったようね。」
フィールドに弾かれたグラビティーブラストがシェルター方向にもあたっており、
中が惨劇の舞台になったことは推測しやすい状況となっていた。シェルターがあったであろう場所は陥没しており、
ラピスによってウインドウがらその状況が映されていた。

「シェルター内には相転移エンジン搭載の戦艦があったけど、あの状況じゃあ、つぶされているわね。」
「そのような戦艦があったのですか?」
プロスは聞き逃せないそのことを聞いて聞く。
「ええ、確かに相転移エンジンが6機搭載されていた高性能戦艦があったわ。
でも、たとえ相転移エンジンが搭載されていたって2機しか起動していなかったし、
第一ブリッジに入れないし、マシンチャイルドも居ないから操作なんて出来ないわ。」

「しかし、なぜそのようなものが・・・」

プロスは思案顔でいる。地球圏内では相転移エンジンを初めて搭載したのはこのナデシコなのだ。
そしてナデシコはネルガルの一大プロジェクト、スキャパレリプロジェクトの最初なのだ。
例外は第一次火星会戦時に現れ、姿すら見せなかった戦艦。

相転移エンジンが搭載されたナデシコより高性能であった戦艦の存在はプロスにとって見過ごせないものであった。
そのプロスの思考を止めさせるものが現れることと成った。ゆっくりと瓦礫が持ち上がって
シェルターがあったであろう場所から一隻の戦艦がゆっくりと浮上してきたからだ。

ゆっくりとその戦艦はナデシコの下につくとブリッジから左右に分裂した。分裂した先端部で
ナデシコをはさんで固定用をナデシコに発射して、戦艦は敵から逃げるように後ろを向いて移動を始めた。


それはナデシコのクルー全員にとって驚きの連続であった、
シェルター跡から浮上してきた戦艦がナデシコを包み込んだままナデシコより強い
フィールドで護りながら、ドッキングしてきて敵に背を向けて退却をする。

おまけに後に居た戦艦は攻撃を止めて散会し始めているのだ。
その中でルリはオモイカネとコンタクトして戦艦にアクセスしようとしていたのだが、
彼女の前に現れたのは『WELCOME TO H』と書かれたウインドウだけであった。
そして、ナデシコは戦艦にドッキングされながら退却した。

ドッキングされたままのナデシコはオリンポス山の方向に進路を向けながらゆっくりと航行していた。
その中でウリバタケを含めたブリッジ主要クルーが集められていた。
「で、私たちはどうするの?」
プロスはイネスに言う。
「現在は私たちはドッキングしている戦艦にジャックされています。事実、ルリさんが言う
ところによりますと、オモイカネも戦艦に官制系を奪われているそうです。ですからわたしたちは・・」

プロスの言葉が止まる。ブリッジの中央に収束し始める虹色の閃光、ナノマシンの光である。
ナノマシンは集まり、その虹色の光を発しながら集まると一人の女性の形をかたどり始める。

漆黒のシャギーのかかった髪。ふっくらとした胸に、白いブラウスにピンクのネクタイと黒のベスト。
そして黒いロングスカートを穿いた女性が形成された。その閉じられた瞳が開き、焦点無き瞳に光が灯る。
ゴートは女性に銃を向け警告する。

「何者だ。」
彼女は悠然と腕を組んで言う。
「私に銃は無駄ですよ。ナデシコの皆さん。お初にお目にかかります。私はアーク。イータの制御者であり、主の僕。」

ルリはオモイカネが言う戦艦のコンピューターがアークだということを思い出し、女性に聞く。
「で、アーク、さんは何をしに来たんです?」
「主の命令においてあなた達をお待ちし、今回助けて差し上げました。ですが、私に指示されたのはそこまでです。」
ルリは少々納得のいかない顔をしていたが、イネスが彼女に迫る。

「では、その主さんは何であなたを作ることが出来たの?小型相転移エンジンが6機、
そして優秀な制御AIであるあなた。どうして?あなた達は何かの慈善事業団体なのかしら?」
イネスは興味深そうな科学者の顔で聞いた。アークは答える。
「それは教えません。それにあなた達は生かされていたんです。だからこそイータには食料なども完備されていた。」
イネスが再び思案顔になるとプロスが今度は聞く。
「で、あなたの主さんはどなたで?」
プロスの自分と主を詮索しようとする言葉にいやいやそうな表情を出した後彼女は言う。

「私の主はいまは出かけています。本来居る場所ではないイータに
私を乗せてしばらく出かけるといいました。しいて言うならこの方に似ていますね。」
アークが歩みを寄せていた場所に居るのは壁に寄りかかりながらラピスと腕を組むアキト。
そのアキトの前で彼女は妖艶に微笑む。

「ですが、あなた方では火星の人を保護できる施設も、資産も無いでしょう。
我々の方にはそれがあります。どうぞこちらに来ていただけないでしょうか?」
穏便そうに見えて、強情な要求を聞き。アークは言う。
「この命令が終わり、火星の人を連れて何処に行けば良いのか教えられています。」
「それでは仕方がありませんねえ。」

ごく普通に言い返すプロスではあったが、かなりの苦渋を舐めさせられていた。
その会話の中でフクベは少々その彼女の言動に疑問を感じた。

何故このアークの主は未来を予測出来たのか、また、ナデシコが負けると決まっているのに
最初から助太刀しなかったのかなど、取り留めの無いことではあったが、重要なことでもあった。

しかしそのときに考える時間が彼には用意されていなかった。アークは一礼をする。
「それでは私は去ります。どうぞご健闘を。」
アークはまたしても霧散して消えてゆく。ゴートが終始銃を構えていたが無駄となリ、
彼女を形作っていたナノマシンの配列はとかれ、またもとの塵にも満たないものへと返っていった。

戦艦がドッキングを解除してナデシコから離れてゆく。
「オモイカネ制御可能になりました。イータ、現在高速で火星オリンポス山方面に向かっていますが、
現在のナデシコの故障した状態の相転移エンジン、もしくは完全でなくてもあの速度には対応できません。」
「あっちの方はかなりの技術が盛り込まれているな。」
ゴートはそう言って戦艦の去った地平線をみた。



「3・2・1、わーいなぜなにナデシコ。」
唐突にナデシコの各所に開かれたウインドウ。それによってなぜなにナデシコは始められた。
各所でそれを見ていた人々はあるものはあきれ、あるものは見とれ、あるものはフィギュア作りに没頭した。

ウインドウに映るのはオールオーバーをきて、帽子を被ったルリとウサギの機ぐるみを着たユリカ。
それに恥ずかしそうにしているイツキと無愛想にしているユキトである。

「みんなー、ナデシコの秘密の時間が始まるよ。」
ユリカの無邪気な声の後にイツキが言う。
「今回は相転移エンジンと私たちを助けた戦艦、イータに付いての話だそうです。」
「説明役は」
ユキトの無感情な声に続いてルリが言う。
「わたし、ホシノルリと、」
「このたびより乗艦したナデシコ医療班および科学班のイネスフレサンジュ。」
で、お送りします。カメラに移っていないラピスの言葉で締めくくられ、なぜなにナデシコが始められた。

『スマイルすまいる』

と書かれた大きいスケッチブックを持ってラピスはカメラを持つアキトの隣に居た。
その後には総監督であるイネスが居て、イツキが音声用のマイクを近くに向けている。
「ナデシコが何で動いているか知っていますか?」
ユキトの唐突な問いに今までふざけていたユリカがいう。
「相転移エンジンだよねえ。」
「その通りです。でも相転移エンジンの仕組みって知ってるかな?」
イツキがにっこり笑い整備班を湧き上がらせて、ユリカが困ったように言った。

「わかんないや。僕、ウサギだし。」

台本に書かれていたことをいけしゃあしゃあと言ってユリカは次のアクションを待った。
実際彼女は相転移エンジンについて木星トカゲと同じテクノロジーとしか認識していないのであったが、
その疑問の回答はルリにまわされた。

「ナデシコの相転移エンジンは真空をより低位の真空に相転移、
水が凍りに変わるのと同じことですが、それを真空で行っているんです。」
「ふうん。」
判ったのか判らなかったのかいまいち判断の付かないため息をつくユリカ。
「現在の宇宙におけるエネルギーは宇宙でのビックバンによる
エネルギーより弱く、今の状態でもかなりのエネルギーがあります。」
「ちょっとちょっとホシノルリ。このなぜなになでしこはナデシコの良い子達が見ているのよ。
しっかり笑って台本道理にしましょうね。おねえさん。」

イネスの言葉がルリの中で響く。『おねえさん』と。
「ばか。」
ルリは紅くなりながら反論した。
「まあ、まあ、ルリちゃん。わらって笑って。」
そういいながら説得するユリカ。
「さあ、続き、行くわよ。」

その声と同時にドアが開かれる。現れたのはゴーとであった。
「その必要は無い。イネスフレサンジュ。」
「あら、どうしてなの?」
「今のナデシコは相転移エンジンの調子も悪く、敵から退避しているという危機的状況だ。
その今の状況をパロディーにしてもらっても困る。」

「私はこのナデシコに乗らなくても良かったのよ。あのイータ、だったかしら?
あれに乗った方が安全だったでしょうね。まあ、おもしろそうだからこっちに乗っているわけ。」
「むう。」
「じゃあ、続き、行くわよ。」
始まる撮影に対してぐうの音もいえないゴートにラピスはアキトに肩車してもらって
ゴートにウサギの耳のカチューシャを装備させた時にラピスが自分の腿の間にアキトの顔があり、
頭に臀部を押し付けているということに頬を赤らめていたのは彼女だけのトップシークレットである。


順調に進む収録。そして最後に近づいてきた時にはプロスが来て言う。
「ベリベリナイスな番組でした。ですけどここまでにしてくださいね。お金がかかりますから。」
パチっと鳴るソロバンのこま。
「それじゃ、またねー!!」
番組の収録が終わり、各自散会となった。


食堂
 
イネスはナデシコでの2回目の説明を終え。食堂に来ていた。
その彼女の前にはアキトとラピス、そして隣にはユキトが居た。

「あなた、テンカワ博士のご子息なの?」
「はい。」
アキトはにこやかに答える。以前より少々若い容姿を持つ彼女に最初は驚いていたが、彼もパートナーも慣れている。
「それでよくこの戦艦に乗ったわね。」
「ええ、仕事ですから・・・」
イネスのナイフを突きつけるかのような視線に当てられながらも表情を崩さすに答え、イネスは嘆息した。
「まあ、いいわ。それと話によるんだけど、ユキトくんはあなた達の子供なんですってね。」
「はい。遺伝子上は。」
アキトの声に頷くイネス。そして4人の行動に一喜一憂しているギャラリーにコーヒーを入れるホウメイは、
トレイの上にコーヒー3つとカフェオレ、それに砂糖壺とミルクに、かき混ぜるスティックを乗せ、
4人の前にそれぞれおいた。カップをそれぞれもって一口飲む。

「あら、戦艦にしてはいい豆を使っているのね。」
「ここのシェフはこだわりを持っているシェフですから。」
ラピスがにこやかに言い、一口一口口の中で転がした後飲んでいたカフェオレを飲み終えたユキトが言う。
「お代わり、もらますか?」
何処えと言っているのか判断のつかない言い草にいち早く反応したのはアキトだった。
「俺はまた後で飲めるから俺の残りで良いなら飲みな。」
真っ黒のブラックに少々のミルクと砂糖が入れられていたコーヒーの入ったカップを
受け取りユキトはひと啜りする。一口飲んだ後の現れた表情は苦かったという表情であった。
「苦い。」
「じゃ、もっとミルクとか入れれば良いよね。」

ラピスはユキトに微笑んでミルクを5杯と砂糖を4杯入れた。
かき混ぜられたそれを両手ではさんで飲むユキト。ゆっくりと口に入られるカフェオレの
一歩手前のそれに満足して彼は再び飲み始めた。

「それにしても、あなたたちにあったのは初めてじゃないような気がする。」
イネスの言葉に彼女に顔を向ける2人。
「家族に久しぶりに会った、そんな感じがするのよ。」
そう言って微笑んだ。その表情は心なしか悲しそうでもあった。
「あのー、」
いいずらそうに出てきたメグミの通信ウインドウを見る4人。

「ブリッジに来てもらえないでしょうか?ちょっとあるモノが見つかったんだそうです。」
「判ったわ。行きましょうか?」

立ち上がり、イネスは3人を見渡す。
カフェオレを飲み終えたユキトが無言のまま立ち上がるのをみ終えると、ブリッジに向かった。



「照会データと一致しました。」
メグミの突きつける事実の言葉がジュンを動揺させる。
「ですが、あの戦艦はここにあるわけがないはずです。」
しかし確固とした意思を持つ者にとってそのことは関係なかった。
「だが、実際あるのだ。それが事実であり現実だ。護衛艦、クロッカス。何故ここにある?」
フクベの誰へ言うでもない問いに答えるものが現れることがないと思われたとき。隔壁が開いた。
「ボソン。ジャンプね。」

確信した言葉に全員の視線がイネスに集まる。
「ボソンジャンプってなんですか?」
ルリの興味のなさそうな顔をしながらも尋ねてきた。表情には出していないが彼女も気になっているのだ。
「ボソンジャンプは光子、重力子、相対性理論、その他の理屈がかみ合わさり、
起こる瞬間移動のようなものなの。現在わかっているのはチューリップ内に広がる空間こそが
ボソンジャンプに必要なプロセスの一つだということが判っているわ。
だからこそチューリップを通して現れたりするわけね。」

「はあ。」ルリはいまいち納得できないような顔つきをして頷いた。

「ボソンジャンプの最大の鍵は火星にあるとかネルガルは考えてるようだな。」
アキトのキツイ言葉に少々苦笑するラピス。
「そうですが、その情報をどこで?」
プロスの問いにアキトは言う。
「蛇の道は蛇で、ですよ。」
「はあ。」

「クロッカスへの救援隊を送りましょう。」ユリカの言葉をプロスは否定する。
「それは必要ありません。ネルガルの方針はオリンポス山にある研究所の奪還です。それは社員共通の目的でして。
あなたがたも社員待遇だということをお忘れなく。」
「では、エステバリスで編成隊を組み、研究所の偵察に向かわせよう。」
「そうしましょう。」
プロスはフクベの提案に頷いた。
「我々は企業人として他社の研究所に侵入するのは少々問題があるでしょう。今回は待機します。」
アキトの言葉に納得してプロスは言う。
「はい、そうしていただけるとうれしいです。」



自分が楽しみ、世界の人の中で苦しんでいる人がいる。
それを考え、心苦しいと思うのは偽善に過ぎない。そう言うことを語るのは政治家や物好きに任せる。
俺は大切な人を護り、敵を破壊することしか出来ない。だが、俺はそれで満足している。

転機
   
エステバリスが5機発射され、それを見送ったアキトは部屋へと勤務時間の終わったラピスとユキトを連れて共に帰った。
ナデシコは先の戦闘でのショックを忘れようとするかのごとく急ピッチで各部署が動いていた。
整備班は出来るだけ相転移エンジンの稼働率を上げるためにエンジン区間に篭もり、

保険班は食堂での仕事がないために休業。そしてブリッジクルーは戦闘時での必要な操舵士とオペレーター、
艦長であるミナトとルリ、ユリカが残り、ジュンが保険のために見張りについている。


アキトは自分の士官用の部屋にたどり着く艦長やオペレーター、
副長や提督たちの部屋に近い区間の一番端に向かった。アキトはその部屋の前に誰かがいるのを発見する。
「あれは。」
「フクベ提督だね。」
ラピスが頷いた。彼もこちらに気づき。こっちに振り返って手にもっていたポットを掲げた。
「一杯、どうかね?」





カップに口をつける。体が熱くなる飲み物が入っていることにアキトは気づいた。
「酒が入ってますね。」
アキトはラピスが運んできたカップに入った紅茶を飲み、言った。フクベは大様に頷く。
「ああ、紅茶にブランデーを少したらした。規則がうるさくてな。なかなかうまいものだろう。」
アキトもそれに頷く。
「ええ。おいしいです。軍でも民間でも規則にうるさいですからね。」

「苦い。」
興味津津といった感じで自分のカップを見ていたユキトにラピスがカップを渡し、
飲んでいたが彼の口には合わなかったようだ。
「それで、今回はどういったご用件で?」

「私はチューリップにリアトス級戦艦をぶつけようとした。シュミレーションではコロニーを
1つ破壊するという結果の行動をな。幸い私は何者かに助けられた。だからこそ私は軍をやめ。
火星に行くというナデシコに乗艦した。殺戮者になってしまっていたであろう私を君はどう見るかね?」

フクベの言葉がアキトの脳裏をよぎり、一回目での惨劇が思い出される。過去では怒り、提督を侮辱した。
そんな彼も今は違う。彼もなくなってしまっている事件ではあるが。コロニーの破壊と大勢の、
第一次火星会戦の時の被害者より多くの人々の命を奪っている。

そのことに彼は暗い影を落としているわけではない。悲しみで、憎しみで人々を殺したのは自覚して、
なおかつ人に怨まれてもいいと思っていた。全ての火星の生き残り達を殺した彼らが地球上、
宇宙上から消えてしまうならどんなことでもする。その行動をする自分が狂っていることも自覚して行動していた。

アキトは思考を止まらせて言う。
「あなたは、正義感の強い人だ。俺にはまねできないくらいのいい人だ。
俺はあんたの事を怒らないし、憎みもしない。ただ、これからも生き続けていてくれるとうれしい。」
沈黙が訪れる。聞こえるのはラピスがブランデー入りの紅茶を飲む僅かな音だけ。

「そうか。良かったらこのブランデー入りの紅茶は君たちが飲んでくれ。ポットは私の部屋にもってくるといい。」
「判りました。」
アキトはフクベを玄関先まで送る。
「いきなり私の戯言に付き合ってもらってすまなかったな。」
「いえ。良かったらまたきてください。」
「ああ。そうさせてもらおう。」

フクベが歩き去ってゆくのを見送ってアキトは部屋に戻った。
「アキト・・・」
「なんだ?」
アキトはいきなりの声に振り返る。彼の後にいたのはラピスであった。
しかしいつもの彼女とは違う。目は潤み、頬は紅くなり、アキトに抱きついてきた。
「アキト、たまには一緒に寝ようよ。ナデシコに乗って一緒の布団で寝てないから、たまには一緒の布団で寝させて。」
うっとりとしたラピスを見て彼女が酔っていると考えたアキトはラピスを抱きしめ返した。

「ああ、たまにはいいかもな。今日はユキトがいる。ユキトにはラピスの布団で寝てもらおう。」
「うん。今日は、アキトと一緒だよ。」

ラピスが安心したのかは不明だが、すやすやと眠り始めた。彼女の寝顔を見てアキトは笑う。
「こまったパートナーだな。」

アキトは部屋に残っていたユキトを見る。無表情でありながら多彩な感情を持つ
ユキトは今まで着ていた外套を脱いでいた。

「砂がついているだろう。バスルームで洗ってきな。」
「うん。」
「着替えは置いておく。」
「判った。」

ユキトがお風呂に向かったのを確認するとアキトはユキトの外套の砂を払って落とすと
洗濯機に入れて、砂を箒で集めてちりとりで取ると袋に入れた。

「後で整備班に言って捨ててもらうか。」
アキトはベッドルームに行く。2つ並んだベッドの自分の方の青い布団があるベッドにラピスを横たえた。
「お休み、俺の大切な宝石。」

アキトは外へ出る。ラピスが念のためにと持ってきたユキトの洋服を一個のトランクから出す。
その中にある黒と青、白の洋服を適当に見繕ってアキトはバスルームのドアの棚に置いた。
そしてリビングに戻り、再び紅茶を飲む。ブランデーの味がアキトに復讐していたときの狂気を思い出させ、
自らの体が戦いを求めている気がした。血のにおいをかぎたい気もしてきた。

殺戮の中にあらわれる快楽殺人者の衝動をアキトは自分に感じていた。



ウインドウがアキトの前に展開される。映っているのはルリである。
「テンカワさん、エステバリス隊の方たちが帰ってきました。すぐに来て下さい。」
「ああ。判った。」

アキトはウインドウを閉じるとこれから起こることを思い出す。クロッカスと提督の覚悟、
それに8ヶ月の時間。思い立ちアキトは洋服や茶碗、御わんなどをトランクに入れた。
アキトは自分の私物だけ入れるとユキトがタイミング良く出て来た。
「ブリッジに行くぞ。」
「ラピス母さんは?」
「寝ている。しばらくは休んだっていいだろう。さあ、行こうか。」
ユキトの濡れた髪をぐしぐしと拭いてアキトは部屋から出た。

ウインドウに表示されているのは研究所とチューリップ5機。
そのデータを前にしてブリッジクルーは判断を迫られていた。

「研究所周囲にチューリップが5機。難しいというか奪還など出来ない。」
ジュンの断定の言葉がプロスの口を開かせる。
「しかし、あそこを奪還するのは、いわば」
「社員の義務だったな。」

アキトにさえぎられたことには全然怒らないプロス。アキトは彼を見て曲者だと思う。
プロスペクターは道化師といわれた時があった。ネルガルの道化師。
その者が持つ物は見えない刃。道化師の策に嵌り、人形になったかのように身動きを封じられ、殺される。
鮮血の道化師プロスペクター。彼のそれ以前の過去も又謎。アキトは戦闘で見え無い刃の使い方を習ったが、
全てを習得することは成しえなかった。狂気の中で戦うアキトには不釣合いな冷静の心で扱う技だったからだ。

「だけどよ、俺たちはあそこに行くのはごめんだぜ。死にたくはないからな。」
リョウコの言葉がパイロット達の総意であった。今回の偵察での新兵器との遭遇もあり、
彼らの慎重度は上がっていた。ブリッジの人々の考えが交錯する中でフクベが口を開く。
「よし、あれを使おう。」
フクベは好機だと思った。戦況は最悪、そして自分の想いを一人の青年に聞いてもらい。彼の心は決まった。


格納庫で話す2人。彼らは軍人として、話していた。
「危険です。私が行きます。」
「たとえ君が元軍人であろうと操鑑は出来まい。」
「しかし。」

賛成してくれないゴートにフクベは苦笑してしまう。
「彼はしっかりと私を護ってくれるさ。」
フクベが見たところにいたのは黒の戦闘服を着たアキト。彼はしっかりとホスルターを装備して、
出し入れの確認をする。アキトのその仕草を見てゴートも少々安心したのか頷いた。
「お気をつけて。」
「ああ。」

カタパルト前に来ている機体の中でイネスとフクベ、それにアキトのそばで捕まっている
ユキトがしっかりと捕まっているのを確認するとアキトは機体を躍らせた。

クロッカスの格納庫を開かせる。光を背に受けながらエステバリスカスタムは中へと侵入した。
極寒の世界と化した通路を歩く4つの影。真っ暗闇を進むためにライトが照らされる。

「チューリップはボソンジャンプにつながるゲートである。クロッカスがチューリップに
消えたのは約2ヶ月前。でもナデシコでも2ヶ月掛かるのにもかかわらず、
この戦艦はここにあった。そして艦内の状況からしてみてどう見ても2ヶ月以上ここにあるようです。」

「チューリップを通してのワープ、だったか?げき何とかの世界だな。」
「まあ、そこまでは行きませんが。チューリップが花開き、戦艦たちを吐き出す時、光子、
重力子などの異常、ボソンの増大が見られます。つまりそのボソンをはじめとして様々な
原理が相対性理論を利用して物体を移動させるようです。」

「ですが、それが万能というわけではないですね。」
アキトが壁を小突く。イネスはそれを見て絶叫を上げたいくらいの嫌悪を覚えた。
壁にあるのはリアルな彫刻とも取れるもの。恐らく人であったモノ。

それを見た後でも、4人は進んだ。それを見つめる赤いモノアイがあることを彼らは気づかない。
歩き始めたと同時に天井に張り付いていたバッタが下りてきて、こちらを狙い、機銃を発射しようとする。

明らかに聞こえるスラスター音により、アキトはバッタに振り返る。
持つのは愛用のリヴォルバータイプの50口径。

アキトは迷わずモノアイであるセンサー類と知能が集約されている頭を狙い。
3発発射した。僅かな煙を立てながらバッタは沈黙する。

「いい腕だ。現役の軍人よりよっぽどよい腕かも知れぬ。」
「お褒めに預かり、恐縮です。」

アキトは茶化すように言うとチャンバーに弾丸を補給する。音をさせない行動。
アキトの中で狂気が思い出される。


ブリッジにたどり着く。寒くなていたが、フクベは手馴れた様子でコンソールを叩いた。
「システムは生きている。しっかりと動くな。だが氷が噴射口を閉じている。取り払ってきてもらえないかね?」
「はい。」
「イネスさん、先に言っててください。ちょっと話すことがあります。」
「わかたわ。」
出てゆくイネスを確認してアキトは言う。

「あなたは、死ぬ気ですか?」
フクベは頷く。
「消えゆくには早すぎる者たちが多いからな。今回はわしが適任なのだよ。」
「そう、ですか。では生き残ってください。」
「ああ、出来ることならもう一度酒でも飲もう。」
「約束です。」
駆け出すアキトを確認するとフクベは操作を始めた。

機体が噴射工を見上げる。
「変ね。これくらい溶かすことが出来るのに。」
エステバリスに通信が入る。
「エステバリス、退避しろ。」
浮上するクロッカスを前にしてアキトは退避を始めた。向かうのはナデシコ。
提督はやるつもりだ。
アキトはナデシコへと向かう。クロッカスの前のチューリプが活性派を始める。
青い粒子をまとって。それは表れていた。白、白としか言いようの無い色にペイントされた鎧を着た
ような機動兵器が現れる。それはアキトの駆ったブラックサレナであり、守護者の作り出した武器。

ホワイトサレナ。純白の名を持つ機体に乗って彼は言う。
「全ては、時の流れのままに。」


ウインドウに映る浮上してきたクロッカスを見てプロスは言う。
「おお。まだまだ使えそうじゃないですか。」
「クロッカス、攻撃してきます。」
ルリの言葉と共にクロッカスの砲座がナデシコを向き、攻撃をしてきた。ナデシコを衝撃が襲い、通信が入る。
「ナデシコの諸君。私の指示に従ってもらおう。」

フクベからのデータを読むルリ。
「チューリップに入るよう指示してます。」
「そんな。ナデシコをつぶす気なの。」
メグミの言葉と共にプロスは言う。
「艦長。提督の指示に従う必要はありません。効果的に攻撃すればクロッカスを負かすこともできます。」
「でもそれは出来ません。、私たちには、いえ。私には。提督が必要なんです。」

「敵、接近中です。」
ルリの言葉と同時にウインドウに迫ってくる戦艦の姿が表示される。
「チューリップに入るか戦うと成ると私はチューリプかな?」
ミナトの声は何気なくブリッジの者達の思考力を止まらせた。

「何を言ってるんです、損害しか考えられない。そんなことをするだなんて。」
プロスは宇宙ソロバンを叩き。言い放った。だがその彼の前にウインドウが展開される。
「クロッカスはチューリップの痛感内を通過したためクルーの全員が死んでいたわ。何かと融合してね。
でも、ナデシコにはディストーションフィールドがある。彼の指示はある意味正しいわ。」

格納庫に入ってきたエステバリスを下りてイネスがいう。アキトとユキトはそのまま機体に乗って待機中である。
「俺たちもこんな中で生き残れるとは思えない。」
「せいぜいミサイルの群れでドカンだよね。」
「静かにして。死ー」
「正義は勝つ。」
「この状況で戦うのはよくありません。」
パイロット達の声にさらに判断の材料が増えた。ユリカは俯いていう。

「ミナトさん、針路をチューリップに向けてください。」
「艦長、何をお考えですか。」
プロスが言ってきたがユリカは凄まじい気迫でいいかえす。
「あなたは、あなた方が選んだ提督の指示を無視するんですか。」
「はあ。」

プロスが引き下がったのを確認するとユリカは針路を見た。
「それでいい。流石は艦長だ。」
フクベの呟きのような言葉がブリッジに出されたウインドウに小さく聞こえた。
チューリップが見えてくる。その前に立つ白の機体と共に。
「あれは、なに?」
いち早く気づいたミナトが声をあげる。
「機動兵器だと思われます。全長はエステバリスより大きいですが・・」


「そんなことはどうでもいい。あれは敵だ。」
アキトが一気に格納庫から機体を躍らせる。ユキトもアキトの横で捕まって耐えている。
通常では耐えられないGを感じているユキトをアキトは片手ながらに抱き寄せて座らせた。
対峙する二機の機体。その中にいるのは2人の守護者。

通信ウインドウがナデシコ、エステバリス、ホワイトサレナに出される。

映し出された真っ白のパイロット服を着た青年。彼にアキトは話す。
「随分と、久しぶりだな。」
「又出会えたことに喜ぼう。守護者よ。そしてユキト。」
「お前がユキトを作り出したのか。」
「ああ。そがそれは違っている。ユキトはお前とラピス嬢のだけの息子ではない。私の息子でもある。」
「どう言うことだ。」

悠然と答え、アキトの怒りの感情を受けながら彼は笑う。
「ストップ。」
停止する木星艦隊。そのことは気にしていない4人と驚くナデシコの者たち。
「時を変える戦船にいない筈の小さき部品。守護者、傍観者とは違う決められし道を惑わず者に、捌きを与えん。」

アキトと青年の機体の間に虹色の光が現れる。現れたのはピンクの機体。開かれたウインドウに映るは山田ジロウ。
「おい、どうなってんだよ。テンカワ?おい、ブリッジ?」

山田の悲痛な声がそれぞれに響き。ナデシコの者たちが驚きに表情を青ざめる。
聞いていたフクベも驚愕し。アキトは無表情にそれを見る。
「彼は、ジャンパーだったの?」
ブリッジに来ていたイネスが言う。その問いに答えるかのように言う青年。
「私の力を持ってすればジャンパーでない者をジャンプさせるのはたやすい。時を惑わす者と見なし、君を裁く。」

ホワイトサレナの洗練された追加装甲は、エステバリスのものよりは大きいが、
肉弾戦闘にも通用できるように作られていた。
そして機体が手を虚空にかざし、ボソンの光芒より現れた鎌を持つ。
「山田ジロウ。さらばだ。」
「おい、嘘だよな。嘘だと言ってくれ。正義は勝つんだ。そうだ。そうじゃなくちゃ。」

彼の精神の中で起こる葛藤、悲痛な叫びが人々の行動と思考能力を麻痺させる。
アキトは機体をホワイトサレナに急速接近しながら足に装備されているハンドガンで攻撃しつつナイフを投げる。

ディストーションフィールドでハンドガンはさえぎられ、通用しないはずではあったが、
無いよりはマシと考えて投擲したナイフが機体の胸元、アサルトピットを狙うが、青年の声が広がった。

「ジャッジメント。」
掻き消えるように加速した機体。逃げ始めていた山田機に白の矢が迫り、裁きの鎌が振り下ろされた。
ディストーションフィールドを切り裂く鎌。爆発と轟音。叫ぶ声さえ聞こえぬうちにヤマダは消え去った。
ナイフを回収、収納した後でアキトは機体を対峙させる。
「裁きは成された。」
「だが、お前を逃がすわけには行かない。」
アキトがエステバリスで急速接近する。ナイフを装備しての攻撃。
突きと構えの体制での攻撃。突きを鎌で受け、跳ね返させられる。

「お前には負けない。それに機体差があるだろう。」

青年の声に表情なき狂いの顔を浮かべる。
「そうだな。だが、これならば違う。」
機体に搭載されたリミッターを全て外す。火星対戦末期と同じ能力を持たされたアキトの
エステバリスではあったが、ブラックサレナの相手では荷が重いが、
今までのリミッターを貸した状態の物よりは格段に早さが違う。

「「勝負だ。」」

二人の機体が動く。振り下ろされる鎌の間合いに入らずに攻撃する武装はハンドガンしかなく、
間合いに入らなくてはなら無い武装がメインと成っている。通常の刀の長さの武器を造るとなると
耐久制度などでの問題が出てくるために、その方面の武装は無い状態なのだ。

アキトは高速移動しながら円状に飛行する。2体が一つの点を中心に円を描くように飛行する。
お互いの間合いを詰めるのはなかなか難しい。アキトはハンドガンで攻撃を開始する。
円の中心は変えず、半径を短くするかのように間合いを詰めて発射するが相手のフィールドは
現在の戦艦を凌いでいるのだ。簡単に遮られ、あちらから鎌が振り下りろされる。

振った後寸胴な動きと成ってしまう鎌。その振りの大きさから機体の体制がとりにくいのだが、
あえて円を描くように回転する。アキトは一本のナイフを投擲する。
投擲されたナイフは背中にささり、駆動系の集中する部分を破壊したのか、稼動が可笑しくなる。

「今回は引こう。又会おう。」
青年の声が空間に響いた。チューリップの内部と同じ空間が広がる。虹色の空間。
「早くエネルギーをフィールド最優先にしなさい。チューリップの内部と同じ空間なのよ。」
イネスの叱咤にユリカはルリに言う。
「ルリちゃん、フィールド最優先でお願いします。アキトを回収後、
各員自分の所定位置に付いてください。何が起こるかわかりません。」

「しっかりと今の機体に付いて教えてもらいますよ。テンカワさん。」
プロスが眼鏡を光に反射させながら言う。アキトはこれからの対応を考えながら機体を格納庫へと滑らせた。
畏怖の目を向けられるアキトとユキト。2人は機体から下りると格納庫を整備班の群れを2つに分けれ向かう。
そして出口から出ようとした。
「テンカワ。」
「なんですか?」
ウリバタケが一人エステバリスに手を置きアキトに話し掛けた。彼は間接部やスラスターが
ぼろぼろになってしまったアキトの機体を眺めながら言った。
「お前に今回のことは聞かない。聞いてもこたえちゃくれなさそうだからな。
だが機体の整備はさせてもらう。しっかりと戦ったこいつを直してやるのがメカニックの仕事だ。
人には道がある。お前の道に俺の道を考査することは出来るはずだ。なあ。」
「そう、ですね。そいつを治してやってください。」

「おう。野郎ども突っ立てないで手伝え。」
「了解。」
整備班が一斉に整備を始める。アキトはそれを見て僅かに口をほころばせた。

彼らしい。

そんなことを考えてアキトはブリッジに向かった。

ブリッジでは全員がアキトとユキトの到着を待っていたかのようにこちらを向いてきた。
「今回のことでテンカワさんには聞きたいことが山ほどあります。まず、あの機体はなんですか?」
「知らないな。俺が知っているのはあいつがユキトを作り出し、ノウンの計画を妨害しいることだ。」
淡々とした口調ではあったが、何が怨念のようなものを感じさせる声だった。

イツキは先の戦いでアキトも自分と同じように未来よりやってきたのではないかという考えを新たに思い描いていた。
それほどに先の戦闘は次元の違うものなのだ。

本来とは違うアキト。彼の心は敵との遭遇にささくれ立っていた。表情に出さないが口調は変わっている。
目元はサングラスに隠されているがラピスがそばにいたら間違いなく気づいただろう。

アキトは気が立っている。

「今回のことは忘れてくれ。山田のことも助けられなくてすまなかったな。」
アキトは無言のままで自室へと向かった。


部屋へと入ってアキトはラピスが寝ているベッドに座り、ラピスに掛けられていた布団を上げて
ラピスを抱きしめる。ぎゅっと抱きしめられてラピスは気づいたのか起きた。
「アキト?」
「又あいつが出た。ユキトはあいつが作った俺たちの息子だ。」
驚きに開かれた瞼はゆっくりと細められ、アキトの頭を抱きしめる。
「そうだったの。それで今どうなってるの?」
「現在はボソンジャンプの一歩手前の状態だ。トランクはもう準備してある。」
「じゃあ、ユキトも連れて行きましょう。8ヶ月も別れるのは嫌よ。」
「そうだな。」

再びアキトはラピスを抱きしめる。未来でも抱きしめたことがあった少女を
過去にきて抱きしめた回数は以前より多い。

そして愛おしさも増していた。


トランクを2つ持ってアキトは展望室に着た。ラピスもユキトを連れてポットを持って入ってくる。
展望室のウインドウに表示された空間。虹色のボソンの空間。青い粒子がナデシコを包み始め、
クルー達の体さえ覆い始める。目をつぶってイメージする。懐かしい戦艦があるコロニー。
ナノマシンパターンの発光が激しくなり。3人は言う。

「ジャンプ。」
空間を移動する為の言葉。光と共に、違う風景が目の前には広がっていた。
はじめに感じる暖かい空気の中3人はそのコロニーに降り立った。



まず最初、ユキトというか他者を自分で抱きかかえて戦闘を行うのは無理よ?内臓とか肋骨とか・・
まだ稚拙感が漂っています。ともかく、私がストックしていた堕天の守護者はこれまで。これ以上は書きません。
しばらくはBLOODのページと改訂版編集を行います。
2007.2.27


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