祭りが行われる。回数は四回で内容はたった一つ。神を殺す。そんなまつり。


気持ち悪いと彼は感じ、大きく息を吸って吐いた。 場所は駅前のロータリーにまたがる歩道橋。
転々と置かれたベンチに座って、周りを見渡す。
夕暮れが過ぎ去った時刻で人の通りは多い。


環状線に展開した都市は、デザイン都市として再建されたからだ。
半世紀前に起こった隕石落下後の国家再建プログラムの目玉として作られた五つの環状線とその全てを包み込む大環状線による都市。
隕石落下以前には作り上げることの出来なかったものだ。

北東部環状線の、隕石落下地点から東北へ直線を引いた延長線上にある極駅がここだ。
学校帰りの制服姿の学生。スーツ姿のビジネスマン。作業着姿の人。行き来する人の格好は玉石混合だ。

極駅は環状線に二つある。環状線在りきで発達した人工都市は、環状線に都市が広がり、
中央部に向かうにつれて森林地帯が広がる。

この森林地帯とやらは、隕石落下の後によみがえったとされている。 隕石の贈り物などというやつもいるが、得体の知れないものだ。
もっとも、そんな得体が知れないものよりも、自分は目の前の光景を見て気持ち悪いと思えて仕方がない。

気持ち悪い。

何でそんな風にしていられるのか、信じられない。
自分は学生だ。それでも、自分は制服を着ないで学校にも行かず、一日中歩道橋のベンチにいた。

選ばれたから与えられた休日だった。
もっとも、休日という割に合わない仕事が夜に待っていた。

町を歩く人間。会話する人間。人という人全ての姿が刻一刻と変化を遂げてゆく。
自分の一日を振り返り、自分の思考を維持し、他の人の意見を聞いて自分の思考を変える。

人は永続的に同じものじゃない。当たり前だ。 それでも、それがどうしても自分には気持ち悪い。
見たことのない先祖から続く自分。

男女の間に子供が生まれて、子供も成長すれば他者と付き合い始めて、好き合って。
また子供が生まれる。
続き始まり終わる連続した積み重ね。

それが種としての繁栄の過程だと、理解は出来る。
でも、そうなるとどうだ。 自分という下地、世界という下地が存在できて構築できるのならば、
自分も世界もこの一瞬で不連続だというのに、連続した新生を行い続けているんだ。

面倒な思考を整理して言うならば、アニメーションと同じだ。
背景が変われば世界が変わる。 自分の姿が変われば自分の容姿は変化する。
変化じゃない。
その姿がもともと自分だという認識に変わる。記憶の連続が約束されていれば、自分の変化を理解して自分がわからなくなるだろう。
だが、この手の不連続面を超越した記憶の連続はない。認識の変化がおきているからだ。
でも、その不連続を観測できない限り、記憶の連続性がないからこそ生きてゆける状況にある。


人はその日一日で変化しているのを、自分は見ることが出来る。困った力だと思っていた。
自分が持った厄介な目だと思っていた。
でも、意思がもつ変わることのない形を、自分は知っていた。
手に取ることも身にまとうことも、身を変えることもできた。

恐ろしく、おぞましく、楽しい力だ。

神殺しの祭というのは、都市伝説だ。 学生や社会人、子供の間でささやかれる物語。 世界は神の血液から出来ている。全てはなにかであり似姿であるというやつだ。

だから、血はめぐらなくてはならない。 新しい血のために神さまは生まれる。
いけにえになるための神様がいるのだという。


いけにえの為に生まれるというのは、死ぬために生まれるなんて非生産的だ。 都市伝説の終わりはこういう。神様の体をちょんぎるための祭りがある。
その祭に誰かが選ばれて、必ずその役目を終えた人は祝福を受けるのだという。

都市伝説の顛末はよくわからない。でも、この良くわからないのをひとまず忘れておいて、祭は実在した。
なんと言っても、自分が選ばれたからだ。



「不良学生、どうしたかね。」
「不良じゃないさ。」

駅から出てきた一人の学生が近寄ってきた。もっとも、じぶんも学生な訳で、同じ立場だ。
髪は茶色の染められた癖毛。手入れが入って、優等生面というものはない。

でもって、格好は紺のブレーザーにひざよりは上のスカート。 足元はローファーをはいているが、持っている大き目の鞄には農作業用作業着と履物一式がはいてっているはず。

「あんた、祭だからって憂鬱なのかい。大役なんでしょ?」

よかったじゃない。などという。 人殺しじゃないが、殺すための祭だが、地元民からみれば、至極名誉に見えるらしい。 人付きされそうな笑顔。少々灰汁のあるやつだが、脚を見ればまあ、好感度はあがるか。

知人だった。

性別はもちろん女。

そんでもって、自分の幼馴染という立ち居地に存在する。
「農作業はどうだ?」
「開発地区だからね。伐採音とか聞こえたり、一日トラクターとか鍬振っている。生きてるって感じだね。」
「制服で行くの面倒だな。」
「まあね。でもちょっとさ、声かけてくれて、おまけがあるのさ。」

袋から取り出して、お菓子を自分に放った。 ベンチの隣に座る。 受け取ったパッケージは洋菓子だ。
やった、チョコレート入りか。
「報酬だね。」

存外というか、もてる女なのだろう。愛想が良く付き合いもいい。 さばさばしているが、身なりの綺麗さを気にする。
あいにく自分にはできない。

色が渦巻く。感情の色だ。情熱、冷徹、思慮、快楽と、行動によって、色は変化する。
暖色が感情のゆれ幅が楽しいに向かっているとき。寒色が感情を抑えて冷静に勤めているとき。
ゆれ幅の許容を超えると、相手の色が現れる。

色は相手の体にとどまらない。形が作られている。
攻撃的な人間はとげを持っていて、温和な人には丸みや柔軟性を思わせる形になる。
総じて形は人でない方が多い。 ヒカルの色は暖色の黄色に当たる。

でも、ちらほら青が混じるのは、思慮が混じっている。
形は角が適度にほぐれているが、歯車を人の形にしたような形だ。 パッケージを開けて、中のクッキーを口に含む。
なにか飲み物が欲しくなった。

「あんたも今日の休みが報酬だろう。よかったじゃない。」
「どうだか。殺すための祭りだろ。」
「殺すなんて人聞きが悪いけど、生きるための犠牲なんでしょ。
それに、殺すっても人形なんだから。 そんなひどくないさ。」

祭の殺し相手は神だ。神を模した人形だ。 四肢を失った、心臓を抉られた神。
だが、昨日見た人形は人形などではなかった。 心臓を抉られた。手足をちぎられた。だと。

そんな風体はない。茫洋とした男の姿だ。 やつの放つ光が俺はうらやましい。

変わることのない光。色はない。 ただの光。ありえない変化しない色。
時々よぎるほかの色もあるが、人に比べてあまりに少ない。

なにより、形がそのままでいたんだ。 こいつは変わることない。変わらずにいられる超越していた。
だから、殺すのかもしれない。

「そろそろ行かないとね。会場から近いといっても、もう夕方だ。」
「判ってるさ。ぞっとしなかったから、一日ここにいたんだ。タイムリミットだ。」




二人連れ立って祭りに向かう。 手をつなぐような幼稚はなく、腕を組むような間柄じゃない。
円環都市は森林地帯をすっぽりと包み込んだ環状線に沿って発展している。

この原因は、森林地帯そのものが危険地域として指定されているから。 中央へと向かう道は一本しかない。
原因として、この森林地帯が未知の原因で生み出されているからだ。 前世紀にあった隕石落下事件によって、未曾有の災害が起こった。

いや、起こると予見されていた。 惑星の隕石が落ちるというのは非現実的というわけではない。
むしろありえるというものだ。
為政者は隕石への対策として攻撃や、針路変更を試みた。 結果は何も残せなかったが。
路面電車で20キロメートル地点へと向かう。 隕石は落下した。

落下して、この半径30キロメートルにもなる森林地帯が出来ていた。

原因不明。中心には泉が出来上がり、周辺に存在した家は消滅したというのに、人的被害は発生しなかった。
良くわからない原因が、この都市を作り上げた。
「やっぱ、人多いね。」
「まあ、たまの息抜きというか、なんていうか。お祭りっていいながら、それに群がって楽しんでる感じだな。」

都市にも祭りはある。それでも、この祭りは別格に挙げられる。
まず、中心部への立ち入りは日常からするようなものでなく、普段は封鎖状態になっている。
それでも、泉がある地点にあった神社の御伽噺じみた言い伝えが通って祭りは実行されている。

祭会場は沈黙や厳粛さとは程遠い賑わいを見せていた。自家発電装置を持ち込んだ屋台や出店、 それらが泉を中心に円形に展開している。
見たところ飲食物が7割に服飾、装飾品が2割、そしてこの祭を主催する神社のテントがある。
「にぎわっているね。森の中にわざわざ来ているんだから。」
にこにこしながら、ヒカルがなにやら物欲しそうに出店を見ているが、こっちは祭を行う側にいる。
見知った顔を見つけて、制服姿のヒカルを連れ立って向かう。自然無言で手をつないでしまった。

「あっ。」
「ん。俺が今日の主役らしいからな。一応一緒に着たんだ。行かないか。」
「あ、の。うん。」

聞こえるかどうかの声で、「いいよ」と言われる。 一応は安心。だが、こういった軽率な怖気のない行為が自分を天然だと見せているようだ。
「どうも、お待たせしました。」
「はい、お待ちしました。」

相手をしてくれたのは男性だ。もっとも、昨日今日であった人である。
コクウチョウジさん。人形氏という祭の審判約を勤める人形を操る人だ。

「まあ、間に合ったのですから構いませんよ。でも、お着替えはすぐに、お願いしますね。」
「了解。」

気楽に相手に出来るのは、彼の人徳か人懐っこさか。もしくは、人畜無害そうな人だからだ。
形は無秩序な水球。 つないでいた手を離して、テントから振り返る。

「ヒカル、着替えてくる。あと、これ渡しとく。」

振り返って、ほのかな光を正面に受けた彼女を見た。 いつもどおりだ。でも、どこか戸惑ったような、困ったような印象を持つ。色は相変らず戸惑っている。
「え、お財布わたしに渡されても。」
突き出したのは自分のサイフだった。薄っぺらい、通貨少なくカード類が多い。

「腹減ると思うから、先に食べ物買って置いてよ。」
表情は困惑と嬉しいかな、灰色と黄色。
「判った。」
サイフをしっかり持った姿をみて、自分はテントの置くに向かう。
着替えといっても簡単だ。
神事に必要とされるのはとことん質素であるか、恐ろしく華美で細工の施されたものだというのが定石だ。
この二つに大きく分岐するなら、この祭では質素だ。

白を貴重として、紫と青のラインが袖にある麻で作られた上着と、小豆色をした七部丈のズボン。
見た目は病院服のようなものだ。これをきて、同じ素材で作られた黒の簡易靴を履く。


着替えの最中は沈黙しかない。チョウジさんもまた、隣で着替えていたが無言だ。
チョウジさんは黒子の格好をする。
彼は裏方であり、主役。

表にでると、テント内部の幕の外に、さらに幕が張られていた。 まわりの音も静まり返り、光も消されて、テントから先に点々と明かりがともされている。

法螺貝の重低音のいななきを始まりとして太鼓の軽くて力図良い、笙の神妙で住んだ音が重なる。
黒子が置かれていた黒い箱を開帳する。黒の箱は旅行鞄のような持ち運びは考慮されていない。

輿に乗せられて運ばれる様な正方形をしている。
ぱっかりと左右に開かれた中身は、台座に固定された人形だ。
黒髪で、紫と赤と白で構成された着物を着た人形。

黒髪の人形は少女をかたどっている。可憐な容姿と愛らしさ。形は人として当然定着している。
チョウジさんが人形に魂を込める。人形の背後にたって、人形の四肢と自分をつなぎ合わせる。

森は静けさに溢れて、沈黙が痛みのように自分に響く。
ろうそくの光のみが泉までの小道を作り、人形を後ろに従えて、自分は神の元へと出向く。


視線は多く、奇異と好奇の色が多く会場を埋め尽くす。
そのなかに、不安の色があったのは見間違えだと思っておこう。


泉に進入する。神の座を犯すのは、人の更なるを求める我欲だ。
泉の中央に箱があった。渡り石が中央まで続いている。そこまでに、螺旋を描きながらの道を進む。

沈黙した箱を目の前にして、今まで渡ってきた石から水面に脚を下ろす。
七部丈のために、簡易靴が冷たさをはらんだ水面に沈む。

少女の人形は、渡り石の一つ目で歩みを止めて、自分は箱と向かい合う。
閉じられた箱は、糸で縦横を結わえられている。

太鼓の音と一緒に、幕が観客の視界をさえぎち、自分は結わえられた糸を解く。
四散するように開かれる箱。
「相手になってやろうじゃないか。神様っていうんだろう。」
いや、箱は物体ではなかった。形を人が見えるようにしたもの。
「出てこいよ。」
視界に現れていた箱は消え去り、自分が見下ろしていたはずの渡り石には、男が立っていた。


形は男のまま、胸にぽっかりと穴が開いている。
色はない。無色。

無言の男は、神とされる人形であるはずの男は、石から自分の対岸に降りて相対する。

自分の身長はおおよそ172センチ、対するは自分と同じかもう少し上か。
幕の向こうの明かりはなくなり、
明かりを持った者が泉を囲んで自分たちへと意識を向けられないように、背後の幕へと振り返る。

唯一つ、人形の相貌に見守られる状況になって、渡り石の存在は影と消える。

相対して自分の形は保てているだろうか。
限りなく人である形に。それていて攻撃的な棘のある不恰好なモザイク。
色は思案の青と使命感、やり遂げなくてはならないという圧迫感から情熱の赤。

一歩の水音は小さく、二歩は荒々しく相手へと拳を放った。

拳を放ったというのは、正しくないかもしれない。
厳密に言うなら相手に向かって突進したのだ。 人としての形ではなく、いびつな棘が表皮を覆った人型が相手に向かって突進した。
やるしかないと覚悟した意思は、赤と成る。

色のもたらすイメージ、感情激昂の起因によって現れる力の方向性が決定する。
大体にして詳細なものではない。熱量で現れる。 衝突する寸前にガツンと拳がぶつかる。
壁の展開。神たる男は掌を前にかざしている。
「でもまあ、自動ドアでもそういうことやるんだぜ。」

熱量そのままにジャンプする。人としての跳躍力を超えて、祭が始まった自覚する。
太鼓と笙の響きが荒々しく、異界を形成する。

この身は人であって、形は人にあらず。
形は自らの意思と物理世界の形によって形成する。

だが、異界にあっては条理はひっくり返る。

「くっ。」
形の棘を先鋭化。人の形は失われ、自分は多数の杭になって、相手の障壁に熱を加えて食い破る。
飛び上がった空から、降り立つ全身は鋭く障壁へと向かう。
「どうしたどうした。」
障壁に皹などはなかった。一瞬にして失われた守りの向こうにいた男は、杭たる自分を回避して 着せられていた着物の切れ端と血液が散る。
水の跳ね上がることのない回避の理由。 地上に縫い付けつること叶わず、相手は上空へと上っていた。

「異界にいればこれぐらいできるってか。」
障壁からしてそうだ。 自分の形が杭であり地上に突き刺さった自分は、声になっているか怪しい声で絶叫する。
「だったら、こうするんだよ。」
杭がぐにょんと伸長する。棘棘しいままで伸びた自分は鞭になる。
拘束すべき相手に意識を向けて、足のイメージは地上に埋まったまま。

相手は特に何もしない。
棘が胴を捕らえて拘束する。そのまま縮みながら地上へと振り下ろす。
「鞭というか、なんだかな。」

つぶやきに答えず、苦悶の表情もなく水面に神は叩きつけられる。
衝突の痛みは薄い。
痛覚が麻痺しているのか、鈍化するのかわからないが、水に叩きつけられる神とともに、鞭たる自分も激突していた。
それでも、自分は人としての形に戻って、いびつな自分がふと自分に戻っている。
異界そのままに、自分が自分としての形をとろうとしている。 いや、人間としての物理的な形と同じものに近づいている。

この意味を考える暇もない。

水しぶきが激しく四散して、自分は地上に落とした男を消滅させるべく怒気荒く、感情を爆発させる。
「消えろ。」
感情の爆発というのは、日常からある。キレたとか、感情が振り切れた状態にあたる。
うなり声から始まり、言葉でもってトリガーを引く。

形はそのままに、拡大した感情色は周囲をしなくてはならないという意思に起因する氷結を発生させる。
発生させた術者の自分はそのままに、相手は氷の檻に閉ざされる筈だった。

檻は展開していないで、拘束のための杭が手足に突き刺さり、人型十字を描く。
感情の爆発でも、発生させる事象を構築するのはイメージだ。
よって、周囲に拡大した感情色は展開した領域内にある対象者全てに適応される。


「良くぞここまで。」


感心した声で、神となる人形は言った。 青年に見えていた彼はその体を真実の形に戻していた。
いや、自分がそう思っているだけで、はじめからこうだったのかもしれない。
間接人形と成った彼は、破壊された手足のまま、空虚な瞳で自分を見上げる。
各言い見下ろす自分もまた、自分の変化を自覚した。

棘棘の人型だった自分は、曖昧ながら物理世界と変わらない姿となって、
明確に自分が自分であると認識している形になっていた。

「ここまでって言うのは、他にもいるのか。」
「居た。」

「今は。」
「いない。」

顎の駆動部品はないので、口元は動かない。得体の知れない方法で意思疎通ができる。
「神って、どんな気分だ。殺される気分もどうだと思うけどな。」
「気分はない。殺されるのは気持ち的によくないな。」
薄い色に、殺される時の気分を言うと深みが増した。 思慮の青と、喜色の黄色。
「自覚できる状況にもどったからかな。」

後悔か喜んでいるのか判別できないが、納得したなら結構なことだ。
「じゃあ、さよならだな。」
意思が具現化する。 手に剣が現れる。剣。武力、権威、力の象徴。色は冷徹の青が点る。
振り上げて一拍の溜め。 振り下ろすべく呼吸を止めて・・・










視界が暗転した。いや、認識できなくなった感覚だ。
曖昧な感覚は、体があると認識しているけれど、あやしいものだ。
視界零、聴覚は放り込まれた沈黙に痛い。

明かりも、空気も戻らない。この沈黙を認識している自分も自分かどうか怪しいと思う。
「それじゃフィクション小説だな。」