飛翔する翼


火星の後継者、元木連中将クサカベハルキの率いる旧優人部隊過激派と呼ばれた人間達と、
地球圏のクリムゾングループや半連合政府など利権や名誉、己の栄進を求めたものたちの集団。

火星の民を誘拐し、それを誘拐とされないような隠ぺい工作を行った者達だ。
火星の後継者の拠点は、火星にはない。彼らの拠点は地球のオセアニア・アフリカにあった。
クリムゾンブループが覇権を握った地において、
彼らはクリムゾン傘下の子会社である宇宙開発研究所「ルーツ」、ヒサゴプラン提唱の地に本陣を張っていた。

「閣下、今月の状態です。」
「うむ。」
頷きはひとつ。研究所内部にある和室は、江戸時代の寺子屋のような座卓が整然と並び、畳がしかれている。

クリムゾンブループというコングロマリットでさえも生産していなかったものを特別にあつらえてもらったものだ。
クサカベハルキとナグモヨシマサ、
火星の後継者主要メンバーは普段は統合軍に置いた幹部メンバーとの連絡や、研究所との連絡指示を行っていた。
統合軍には古巣を共にする盟友も多い。研究所という特別組織に関してはクリムゾンブループと
反連合政府諸国の後押しをもって、隠蔽した事実すら隠しとおせることが可能となっていたのだ。
「今月、いや。此処一年はまさしく激動だったな。我が方、連合宇宙軍ともに。」
「はあ。」
クサカベのつぶやきに同意しないものは、ワイシャツや襟無しシャツを来た火星の後継者たちには居なかった。

「火星の民収容施設瓦解。確保されたA級ジャンパーはわずかに50人前後。」
「機械妖精の奪取と、研究資料の強奪。」
クサカベはナグモが挙げたもうひとつの事件に頷き、ため息を洩らす。
「そして、火星慰撫部隊という未知なる敵か。」
火星慰撫部隊は第一次火星会戦より存在した、対木連の意思を抱いた復讐者たちの少数部隊だった。 
  3個小隊(一個小隊を60人に設定)の規模しか持たなかった彼らは、極冠遺跡で行われた地球圏と
木連の最終戦、エステバリスとジンタイプ、戦艦同士の戦闘に参加した後に、ボソンジャンプ研究の人材派遣を行っていた。

本来ならば取るに足らない存在だった。
ネルガルと連合宇宙軍の極秘共同研究に参加していた彼らは、火星の後継者達が画策していた
アクシデントによって戦線もしくは後世に語られるはずである、
木連強硬派を支流とした武勇歴史に登場するはずも無いと思われていた。

だが、A級ジャンパー奪取の後にノーマークだった火星慰撫部隊は存在を主張し始めたのだ。
部隊所属の火星在住経験のある軍人がどこからとも無く出現し、人数を増強。
支給される予算の5分の一に当たる金額が慰撫部隊へと回された。
さらには研究軍団としての意味合いも持つ部隊として新生させ、
駐留基地として故郷である火星の旧ユートピアコロニーを選択したのだ。

増員された軍人は確保されていたA級ジャンパー千人と、ネルガルからの派遣研究者。
連合宇宙軍研究セクションFAF隊員3名。

さらには民間協力者などと多彩ではないが、無視できない人材ばかりがそろえられた。
何より火星の後継者を困惑とともに憤らせたのが、機械妖精と彼らがよんだマシンチャイルドの娘が
民間協力者として慰撫部隊に参加した居たことなのだ。

機械人形と渾名した者達。

少女である彼女達は火星の後継者にとって、地球の技術者が生み出した機械と人間を繋ぐ、肉の機械としての認識が強かった。
もちろん、それは一般の火星の後継者に流布した考え方だ。
真に真実を知る上層部から愚かしい考えに嘲笑を取り消して、現実に起こった一代的出来事を脅威と受け止めなくてはならなかった。

もともと木連は人口が少ない。
遺伝子異常を発祥する可能性は低いわけではなかった。

本来ならば起こりえないような遺伝子障害を発祥する人間はむしろ多かったのだ。
近親相姦といった、肉親同士の配偶は全く無い。
だが、人材の少ない状況で月から火星、火星から木星という過程で行われた、男性の精子バンクの構築。
これが問題の発生原因がひとつとなってしまったのだ。

配偶者であった女性が亡くなった夫の精子を人工授精するのは当然だ。だが、此処でひとつの問題が浮かび上がってきた。
精子バンクを利用する人間が一重に多く、保存されていたものの提供者が極端に少なかったのだ。
ここで、遺伝子障害が発生した。
木連は遺伝子という螺旋コードによって絡まった社会を形成していたのだ。

「遺伝子を操作した人間を、我々はないがしろにしてはいけなかったのだ。
木連そのものの維持にも使われた技術。
優人部隊の諸君ならばわかろう、遺伝子治療によって肉体を強化し、神経を強化された君達ならば。」
「閣下。」
誰しもがクサカベの声に自身の意見を浮かべることが出来なかった。
「つくづく思わされる。地球という大地を飛び立ち、月で独立を叫んだ祖先の行ったことによる結果が、私達だ。
私達は月を、火星を取り戻そうと考えていた。もはや、それが過去のものとなったがな。

火星の極冠遺跡、ボソンジャンプのブラックボックスを発見したときの私は、
戦争に利用出来る大きなファクターとしてそれを我が物としようとしていた。

だが、連合宇宙軍の非公開とするフレサンジュ博士のレポートを見て私は感じたのだ。
ボソンジャンプを、人間の論理と英知をもって未開のものから開拓されたものへと変革する必要性を。
ゆえに、障害は大きくともなさなければならぬことも大きい。大きかったはずの障害がさらに肥大し続けているのだ。
決起たるアマテラスにて、我らは固く閉じられた新たな英知を照らす陽光へと至るのだ。」

未知とされる英知を知り、管理する。
「たとえ我らの障害が公然と挑発し、我らの思いすらも利用しようともかまわん。突き進もうではないか。」
「はっ。」
全員が、ナグモヨシマサも大多数の一人となって頷き答え、クサカベに同調する。
それは新しい秩序を形成するであろうボソンジャンプを、管理し、世界を秩序あるものとしようとする男達の姿だった。

だが、どうしようにも無いくらいに彼らの行いはまっすぐであろうとも、
否定できない行動が彼らの信念が正義であるか否かを問う。
手段を問わぬ行い、自由自在にボソンジャンプを行う火星の民を実験台として根絶やしに
する行いは、自らの秩序を乱す叛乱分子を除去しようとする英知なき野蛮たる愚行であった。



火星慰撫部隊。

火星出身の連合宇宙軍軍人を中心に据えた、一実験部隊の筈だ。
だが、連合政府の議員から持ち上がった計画によって、部隊の存在意義は大きく拡大しされた。

殖民惑星である火星は、いずれは再び人間の生まれ住む惑星と成らなくてはならない。
地球に住む人間と月にすむ人間の一部や、木連の一般市民や軍人もいずれは火星に移住することになるだろう。
食料や重力、生活環境、衣食住に必要な住宅。それらは人間が惑星に自生するのに必要にモノだった。
さらには火星には徹底的に破壊された残骸と、なくなった人々の遺体が眠っている。
これらを復興する時に見逃すことは出来ない。

痛ましい惨劇から復興してゆくには、生き残った人間が先遣されて人間の住める環境を構築しなくてはならない。

火星慰撫部隊は、火星復興の先遣部隊としてネルガルより没収されたND002コスモスを駐留基地として
旧ユーロピアコロニーに派遣されることとなった。
「マシンチャイルドの保護養育施設は建設完了。
1月まで行われていた地下シェルターの内部構造は解析を終了して、現在使用可能区画を改装。再建必要箇所を再建中。」
コスモスブリッジでレイは窓辺に背をもたれながら報告を聞いていた。

慰撫部隊幹部の集う現状確認だ。ドクタイネスの報告が終了して。郷田博士が口とウインドウを開く。
「FAF区画の整備を優先していただき感謝しましょう。FAF派遣セクターは建設終了。
現在は工場区画ワンブロックにて、量産型FRX「レイフ」の生産に取り掛かる最中。
フカイ大尉によるフライトレクチャーも今日より開始します。」
一同が博士の声に頷いた。ウインドウにはレイフの完成予想モデルが浮かび上がる。
エステバリスの独立型サポートユニット。それがFRXの構想だ。

エステバリスは艦載機としての意味合いが強い。
もともとが原動力たるエンジンを搭載せずに、所属艦もしくは所属コロニーより照射される
重力波エネルギーをアンテナにて受信してエネルギーとする。

FRXはそのエネルギーを必要とするエステバリスを長距離運用するための構想から生まれた。
通常の人型ではない航空機の形状は、下部のジョイントユニットを抱えて尚、長距離を移動するためである。
そのために当初郷田博士が搭載を考えていなかったバッタのエンジンが搭載された。

バッタの技術は、古代火星人のモノを人間用に改良したものだ。
発掘当時は工作機械として無骨な昆虫に似た機械だったそれを、木連は戦闘可能に改造した。
だが、大戦中に使用されたバッタは、ソフトウェアの未熟さた故に、本来の力を発揮することがなかった。

FRXはバッタの持つ異文明の革新的技術をふんだんに活用した機体となった
優秀なエンジンと、バッタの持つ電子頭脳を発展させたAI、本来ならばありえない、
オモイカネシステムには及ばないが航空機に搭載するには高価に過ぎるシステムが機体制御とオペレーションを行う。

「慰撫部隊は現在エステバリスの演習中。」
続いてアキトがウインドウを展開して報告を開始する。
「ユートピアコロニーより50キロメートル離れたブロックにて空中戦闘、地上戦の演習を行っています。
また、地下格納庫に置かれた試験艦の運用しミュレーションを開始。
みなさんがご存知のようにマシンチャイルドの娘達が、我々の母艦の主人となる。
偏見を持たぬ者は居ないだろうが、彼女達と仲良くしてあげてください。」
ウインドウに展開されるのは試験戦艦のモデルだ。

今までのナデシコA、ナデシコB、コスモスやカキツバタのような二股に分かれた
ディストーションブレードと全ブロックを接合する砲門兼エンジン推進力機関というような特徴に過ぎた構造はなかった。
艦載機であるバッタを銃弾のように格納し、エステバリスを10機とFRXを
十機格納可能なエンジンと推進力ブロックを一括したペーパーナイフに様な菱形の本体。
上下に伸びたシャフトに支えられるのは、円形のディスク・ディストーションブレードと呼ばれる
艦を守る極小のディストーションフィールドとボソンジャンプフィールド発生装置だ。

歓声とは言わないが、どよめきが起こる。幹部と呼ばれる博士達やマシンチャイルド、
アキトとサクヤのヘミング夫妻の様子は、ユートピアコロニー全体に流れて、これからに向けて情報公開していたのだ。
民意を知るために、彼らの声はリアルタイムで聞くことが出来た。
「これにて部隊スケジュールと現状発表を終える。各員、火星の復興に励みましょう。」
アキトによって会議が閉められる。

「今日はヨロシクお願いします。フカイ大尉。」
火星慰撫部隊の指針と、方向性を示したとして、昇進したアキトは大尉となっていた。
今日はフカイ大尉とユキ、アキトのほかに部隊隊員がフライトテストを行う予定だった。
「もちろんだ、ヘミング少尉。
俺は火星でのフライトは今月から開始していたが、不慮のことがおこるやもしれない。そのときは、」
「了解しています。IFSでの補助、ですね。」
更衣室にて、パイロット服を着込む。
耐熱、耐寒機能と心肺蘇生の機構が組み込まれたものだ。
「では、いきましょう。」
「ああ。」
アキトの誘いにレイは答えた。男性8人と女性5人が、FRXテストフライトを開始する。

夢想、妄想、空想、想像、これらは形にしない限り完結しない。

ユートピアコロニーは、チューリップの落下によって壊滅した。
大気圏外より半ば重力に引かれて落下したチューリップは、大戦中フクベ提督の決死攻撃による
破片をものともせずとはいかなかった。衝突した衝撃によってコロニーを直撃したのだ。

フクベ提督の戦士としての行動は、褒め称える武士道だ。だが、それによって起こる余波は大きすぎた。
ユートピアコロニーの北部に落下したチューリップの衝撃によって半径10キロメートルのクレータが発生した。
もともとの月コロニーを手本とした地下8キロメートルの地下施設はかつて80のブロックに区分されていた。

北部を中心として13のブロックが圧壊した。
イネスは残されて粉塵や廃材、瓦礫で埋まった残り67のブロックの無事な箇所を生活できるようにして、生き残ったのだった。
それも、ナデシコのディストーションフィールドと木星無人艦隊のグラビティーブラストで破壊された。

コロニー再建などではない。コロニーの建設に近い工事が半年の期間をかけて行われた。
火星の赤道へと向かって伸びるマスドライバー、北部陥没ブロックは連合宇宙軍の駐留基地として再建され、
地下には宇宙艦船ドッグや航空機格納庫が建造された。
北部ブロック、航空機滑走路にてFRXは発信準備が行われていた。

「FRXシリーズはエステバリスのサポートユニットとして製造された。
エステバリスを腹に抱いて、エステバリス用武装と機体の高軌道能力を併用すること。
エステバリスとFRXを独立行動させて連携。
そして、機体そのものをエステバリスのガックパックとしてユニット接続できる。」
レイはウインドウを展開して、FRXのエステバリス併用システムを表示される。
下部ジョイントユニットによってエステバリスは背中を地面に向けてドッキング。

両手も二箇所が固定され、主力武装となるラピッドライフルを握った状態で固定することも想定されている。
「FRXは無人、有人どちらでも運用できる。柔軟なことは有人飛行と戦闘によって得られたノウハウを
AIに学習させること。俺もこいつらに付き合うことによって、学習するAIの能力を思い知っている。
諸君にもそれは感じられることと思う。」
たった二基だけ存在するテスト個体FRX、フロントに白い塗料を用い、筆で文字が書かれた機体を背にしてレイは行った。

「エステバリスのサポートユニットとしてではなく、
航空機としても既知される重力制御やスラスターのみの推進力ではなく、機体そのものが躍動することが可能だ。」

召集された全員の表情を見渡す。
火星慰撫部隊に所属し始めて、レイは感じたことがひとつある。
部隊所属の軍人はそろいもそろって日常と平和を好んでいる。
だが、彼らは自衛にだけ力を注ぐのだ。復讐の念を抱いているような人間も見かけるが、全体の二割にも満たない。
自らの平穏を守るために、敵となるものを排除しようとする心意気をレイは肌で感じていた。

「口で言っても、解らないことばかりだ。本来は一人乗りだが、前後シートで独立して操縦が
可能なタンデムシートを無理に取り付けてもらった。各自、機体に二人一組で搭乗せよ。」
レイはFRXの機体に歩み寄る。

組むのはアキト・ヘミング。火星慰撫部隊のなかで、もっとも彼の感じた自衛心を行動に移している男だ。
それぞれが組み合わされたペアと共に、機体に向かってゆく。
「フカイ大尉、よろしくお願いします。」
アキトはフライトジャケットを着て、ヘルメットを抱えた格好でレイに追従しながら言った。
「ああ、ヘミング大尉。こちらこそよろしく頼む。」
ヘミングは二人居る。サクヤとアキトの夫妻だ。レイは夫妻とその子、ユウキ。
さらにはアキトを中心とするマシンチャイルドの家族との親交を深くしていた。
だからこそ、アキトとサクヤの名前で大尉をつけた。

「雪風は、君を驚かせてくれるだろう。さまざまな事象を体感して欲しい。」
「はあ。」と要領を得ない答えをするアキトを一瞥する。

何気ない答えだが、その実レイの言わんとすることをアキトは感じたのだろう。見上げるFRXへの視線は険しい。
機首にペイントされたのは機体の正式名称コード、漢字で「雪風」と二文字。
ブッカー少佐の直筆だ。レイが初期よりテストパイロットをしていた機体。
「ジェイムズとユキも搭乗した。俺たちも急ごう。」
「了解。」
機体の側面にある簡易タラップへと彼らはよじ登ることとする。

雪風ともう一機のテスト機「燕」、そしてレイフが滑走路から離陸する。
猛然と機体後部を上昇させて、機首前輪付きマニュピレーターで力強い仕草で滑走して飛び立った。
機体キャノピでは、アキトとレイの二人が肉体に掛かる負担をモロに受ける。
臓物が後ろに引っ張られる感覚。ただそれだけだが、慣れていないものならば気分をよくするものは居ないだろう。
「これは、きついな。」
アキトは一人後部シートでごちた。肉体に掛かる負担は、通常の人間も耐えられよう。
だが、レイの行った急上昇と高速飛行は普段エステバリスで行うような起動とは根本的に異なっていた。

「FRXは簡易でも慣性重力キャンラーが搭載されているエステバリスのように、甘くは無い。」
レイがアキトの洩らした言葉に答えてくれる。もともとがアキトとレイは声が大きいとはいえない。
サクヤがこの二人の男をマシンチャイルドの娘ともども指揮して、
子育てを行っているのは、慰撫部隊の中で知らないものは居ない。

静寂に包まれ、外部の風音すら遠くに聞こえる。
滑らかなキャノピが風を軽やかに受け流して、機内の操縦機器が発する微弱な音が聞こえた。
「それに、今までとはやはりシートが異なる。以前FRXの「燕」にテスト運動を
行ったときとに感じたが、寝るような体制は、感覚を違えるさ。」

ヘッドアップディスプレイ、半ば寝転がるようなシートに体を横たえたときの視線先に展開された
ウインドウディスプレイには、機首メインカメラからの映像が流れる。
火星大気圏まで上昇したFRX編隊は、ナノマシンの流体層のわずか10メートルを飛行している。
「突き上げられる感覚が多いな。」

上昇の機動に、アキトはぼやく。常時のエステバリスでは、車と同じようなシート感覚というイメージが強い。
だが、FRXにのって上昇機動を体験すれば大きな違いを感じることができた。
それは、体全てを串刺しにされるような感覚だ。もっとも、過激に表現すればだが。


アキトはこういった感覚を良く体感していたので、その似通った加重になるほどと感じるものがあった。
腹ばいになって寝ている状態で、上に人が乗っているような、変な感じ。
家で休んでいるときに、ミゾレやオボロなど、娘達やユウキが自分に乗ってきた感覚と似ていると思い、苦笑する。
「残りの連中もこちらに追従して起動している。
全員離陸と機動コントロールに異常は無い。IFSとインプット学習の賜物だな。」

「アレは気分が悪くなるが、学習速度は速いな。」
アキトはレイの意見に賛成し、初めて行ったインプットの印象を思い出す。
IFSを体内投与したときに感じた、自分じゃない存在が自分と同化する感覚。

「俺もあれでこれの操縦方法を学んだ。簡単に学習できるにしては、やはり弊害が多い。
IFSの構築する補助電脳があれば、話は違ったんだが俺は当時IFSを持っていなくてね。」
「ふうん。難しいな。」
脳内に学習させるというのは、短時間で行えない。インプットは一ヶ月をかけて段階的に行われる。
そのような配慮された処置でさえ、同様の学習を行える回数を個人によって限定する。
IFSがあることによって、本来脳が受ける学習をナノマシンが構築したデータベースに集積することが出来るという違いがある。
「今回は全員対こちらの、多数と単機で格闘テストを行う。」
「いきなりか。」
機体が緩やかな放物線を描きながら、レイフを引き連れて下降する。

「格闘戦じゃ無いとはいえ、いきなり追従戦闘か。困ったものだ。」
久しぶりすぎる戦闘機のシートはオフィスの椅子のような安楽を感じさせることはなかった。
体の型に対応したシートは自分用に適合してくれる。
しかし、自分と同じ型にはめられた体は以前のように命を預ける感覚を引き締める、戦士を自覚させる棺にも感じた。
「いかんな。もうろくしてしまった。」

「まだ30代と聞いています。少佐はいささかふけ気味なのでは。
いえ、それともあなた自身が生死をかけた闘いに赴いたためにそうなったのかも。」
「なに、私は生死をかけた闘いに赴いたわけではない。
戦地に行く心構えは出来ている。生きる、それが戦場で抱く一番の感情だよ。」

答えて自分と乗機を共にする少女を思い出す。
ユキ・バンウイン、18才。精神年齢はもっと幼いだろう。
彼女は黒髪を首筋が見えるくらいに切りそろえ、癖のある前髪を六対四に分けて、右のふと房だけを胸まで伸ばしている。
無論、今はヘルメットの中に髪を納めているが。

きわめて感情的な少女だ。無表情だが、彼女とヘミング夫妻の様子を見ている限り、感情豊かに行動できる。
何故このような少女が軍人となって慰撫部隊に入隊しているのかを、ブッカーは不思議に思いもした。
FAFは深宇宙探索部隊、連合宇宙軍の末端のひとつだ。
木星付近までの長期航行を可能とした無人探査機を開発し、大戦よりも以前に木連の片鱗である
バッタを発見していた。銀河系全体に無人探査機を発信させ、そのデータはヒサゴプランにフィードバックされている。
そして、FAFの存在意義は探査部隊だけではない。
FAFは未知の生命体との戦闘も行っていた。UFOに代表される未確認飛行物体、オカルトじみた
それらの存在を完全否定できないのが人類だ。
木連の襲来に関してはその一端かと思えたが、FAFは冷静にそれを否定していた。
敵の技術は地球を凌駕していたが、攻撃の判断基準があまりにも単純すぎ、
全体の設計規格に、地球と同じ規格の螺子が使われていた。

「少佐、そろそろ格闘戦闘を開始します。」
「ああ。もう到着か。」
思い出して数分、ブッカーは意識を自分の記憶から浮上させる。
「非常に良い操縦だ。君の腕とIFSコネクタの力に感謝だな。」
「賞賛の言葉、ありがとうございます。」
「いや、純粋たる私の意見だ。操縦に関して、レイと私は嘘を言わない。」
おそらく、テンカワ大尉やパイロットもだ。下手な賞賛は慢心を生む。

レイは相変わらずマニュアル設定で操縦をおこなっている。FRXの特徴として、
IFS一辺倒になっておらず、マニュアル操縦が可能であることが挙げられる。
通常の航空機と一線を隔す。レイの言葉はまさしく真実であるとブッカーは承知している。
「まもなくだ、一時私が舵を取ろう。」
「了解。コントロール委譲します。」
ヘッドアップディスプレイが航行用データを映し出す。彼はコネクタに手を置き、ユキの報告に答える。
「了解。I have control。」


戦闘空域に到達すると、レイは通信ウインドウを展開する。全員の表情は伺えない、
こちらの状況も表示させない音声のみの通信。
「各自、戦闘中域に到達したことはメインAIから報告が入ったと思う。
今回使用した機体AIが諸君のパーソナルデータを構築して、
フィードバックされた操作情報を提供してくれるように成長するだろう。」

雪風はまさしく、レイの操縦と支持によって成長してきたAIの搭載機だった。
AIは本来ならば、現状を把握するための情報を提供して行動を起こす支援思考だ。
だが、FRXやナデシコのオモイカネを代表とした高度なエレクトロニクスと古代火星人の残した
AIと成るともうひとつの要素が出てくる。
成長、人間や生物、植物などと同様に機械に芽生えた改良と思考だ。

「これより3分後模擬戦闘を行う。今回は実弾を抱えていないが、
AIのコミュニケーションネットワークと、ユーロピアコロニー管理AIである
オモイカネ「ジュカ」が気象条件や機動計算を行い、勝負を判定する。」
実弾を使用しない模擬戦闘としては恐ろしく真実の戦場を再現した闘い訓練だ。
FRX各機はそれぞれ、本来武装した場合に考えられる重量によって制限される機動にりみったが設定され、
発射たという仮定を真に現実化させる。

「今回は確かに模擬戦だが、容赦なく掛かってきていい。」
「了解」の答えがレイに帰ってくる。それぞれが、自分達の力を実際に確かめたい連中なのだ。
今までシュミュレーターで訓練をしてきた彼らは、新兵よりは機体の操作が滑らかだ。
だが、実際の機体に乗ったのは今日が初めてだった。
なによりも、好奇心が先立つものだった。

「オレも、容赦なく行く。各自ウインドウにて模擬戦開始時刻をカウイント。」
通信をきる。アキトはレイの今までの言葉と言動を聞いて、呆れるような感心するような感想を抱いた。
「随分とフカイ大尉は彼らを嗾ける。彼らが力み過ぎないといいけど。」
「力みすぎていいんだ、アキト大尉。面倒だからアキトと呼ぼう、君もレイでいい。」
「わかった。」
雪風が上空へと上がってゆく。戦闘空域は大気圏にも達する高度を設定されている。
闘いを行うのは雪風対他の機体という、圧倒的な不利だ。
だが、レイに緊張やあせりは無い。

上昇することによって正面に見えるはずの太陽は遮光バイザーによってわずかながらに光量が制限されている。
機体の後方から追尾してくる機体が5機、サーもセンサーや視覚的な光の反射では判別は不可能な状況のはずだ。
FRXはそもそもが隠密行動に長けた機体だ。
エステバリスを抱えるためにメインスラスターと主翼ゆにっとの家同位が考慮されており、前兆を変更することが出来る。

だが、単機で行動する時には一般の航空機と同様の長さと成っている。凡そ戦闘機と同様の全長だ。
機体そのものが流線型の形と鋭角をメインのデザインとしているので電磁波や空気への影響がないような考慮が成されている。
ディストーションフィールドを展開した時には空気抵抗を発生しやすいのであまりディストーションフィールドは展開しない。

「敵から逃げさり、生存することに特化したのがFRXもうひとつの構想だ。
本来の戦闘機戦闘は、互いの機体が抱えている武装を打ち、レーザーで対応する。」
上昇するのはずっと続いている。成層圏までに達して、雪風はひらりと反転して下降する。
「で、この機体はどうなんだ。」
強力な慣性に体がシートへ張り付けにされる。杭などで部分が刺し貫かれたわけではない。だが、掛かる強さは耐え難い。
「多数対一の戦闘に長け、本来ありえない大出力は相手よりも高速で逃げ去るという選択肢を作った。
高出力レーザーがディストーションフィールドに有効な攻撃となるのはわかっていた。
ゆえに、武装はレーザーと鋏型マニュピレータ、そしてミサイルが八本搭載している。」

機体を一直線に下降させていた状態から翼を広げ、
襲い掛かる猛禽類のイメージで追従してきた五機が追い抜かす様を見下ろす。
「つまりは、格闘戦も出来るってことだ。」
秒読みは終りを告げ、始まりを告げる。
「戦闘開始。格闘戦の体験イメージフィードバックを開始。」
「了解。」
マニュアル操作を行っているレイからではない。機体そのもののAIが感じる操縦方法と
IFS操作時のイメージがフィードバックする。脳内に駆け巡るのは、かつてアキトが改変したはずの鳥類飛行ルーチン。
すぐさまにそのルーチンを人のイメージと変換する新しい繋ぎ目を構築。

「戦闘開始だ。」
反転したと同時に相対するのは通住してきた五機のFEXだった。
レイは雪風の出力を一時停止して、木の葉が舞うかのように機体を回転させたせいだ。

このような機体機動をさせることは本来の戦闘機でも出来ること。
だが、その思い切りの良さは、熟練して宇宙や空を駆け巡ったパイロットとしての胆力が確かめられる一芸だった。
「まずは5機になるかな。」
舌で唇をなめて大出力レーザーを照射。

エステバリスの武装として開発された、ひとつの対ディストーションフィールド兵器がこれだった。
時間と空間を意かに歪めても、光であるところのレーザーの破壊力を完全に遮断することは出来ない。
ゆえに、歪められながらも光は強引に相手を破壊するのだ。

すれ違いざまに機体の発する光を媒体とした影が襲い掛かり、レーダーに4機が消えた反応を示す。
「いくら演習とはいえ、いきなりの攻撃に対処できないか。」
アキトはすれ違い、斜めに落下する機体でぼやく。
シュミュレーションシステムとはいえ、レーザーは実際に発射された。

もちろん、出力は連合宇宙軍が第一次火星会戦にて使用した出力だ。
かつては大出力と呼ばれたレーザーの収縮を行い、一種の高分子振動と並列して発射するのがFRXに搭載された武装だった。
「敵をレーダーで感知できるんだ。不用意に追跡しても、面白いことばかりじゃないさ。
もっと機体を信頼していいし、追跡するならこちらを蜂の巣にすればいい。」

「違いない。」
それでも、レイは生き残った一機が気に掛かった。
アキトと話す限りで語調には現れていないが、今のは全機を潰すつもりだった。
だが、一機だけ逃れた。隅にウインドウを展開してFRXの機動を線で表せる。回避した唯一の機体が行う機動だ。
視界の隅においたそれを見て、レイはナンバリングされた機体のパイロットが早速FRXの特性を生かしたことを知る。

こいつはやるやつだ。と確信する。
FRXは航空機ではあるが、旧世代の航空機ではない。
20世紀における未確認飛行物体のような、鋭角機動が行えるのだ。
航空機ではなく、鳥の一種だと考えて機動したほうがいい。機械で出来た、信頼に足りうる鳥。

「こいつは、平和信仰者の集団じゃない。」
雪風で以って多勢のFRXと相対してレイは確信する。

FRXの機動に振り回される場面を最初は見かけることが出来た。
だが、レーザー出力関係でエネルギー変動の感知を悟ると、多勢は射線上から退避して、追従するようになった。
航空機同士の戦闘がひとつの点へと向かって進みながら行われるのが、王道だ。
だが、雪風で以って梟のように翼を広げて急停止した後で後部からディストーションフィールドで
体当たりを見せたことによって、慰撫部隊の面々は理解したのだろう。

「なるほど、FAFのきな臭い噂は真実だったか。」
FAFは深宇宙探査機構である。それと同時に、連合政府に直轄される対軍事部隊に成りうる連合宇宙軍の異端部門だった。

許されないはずの軍内部における開発兵器の量産を可能とする部門。
ゆえに、連合宇宙軍からも、統合軍からも一目置かれる研究部署。連合宇宙軍におかれながらも、一匹狼で独立する部隊。
アキトはFAFの開発者がエステバリス支援ユニットを提唱していることではなく、
実際に必要となると思ったからこそ郷田博士を呼んだ。

FAFの立場を考え、彼らが所持する力がどれほどのものか、どのような闘いをするのかを想像すら出来なかった。
直面してわかる、敵を滅ぼすという意思の強さ。
機械の一部になったかのような正確無比の機体操作。
FAFの実力は確かなものだった。

だが、驚嘆するアキトと同じくレイも感心していた。
普通の軍人ならばある程度のセオリーに固執して、IFSを何時までも航空機としてしか指示だしをしない。
もっとも、これはエステバリスを受け入れた一部の軍人から見ても少ない。
だが、子供のころからだろうか。IFSを使用する柔軟性や、
闘いに身を置いた時の牧歌的だった彼ら火星人が起こす変貌。レイはそれに内心で賞賛する。



IFSの使用を拒んだ軍人が連合宇宙軍の旧世代にいる。
第一次火星会戦前後で入隊した軍人、主に地球と月で生まれた軍人だ。
人体にIFSというナノマシンを常時肉体に在住させて、脳の一部に常駐ネットワークを形成するというのは、
よくよく噛み砕かれて説明されない限り恐ろしく聞こえるだろう。
簡単に言ってしまえば、自分のイメージを外界に直接伝える端末、
目や腕や鼻や脚などの器官と同じ働きを機械的に構築すると言うことだ。

ナノマシンが肉体から排除できないということが、IFSユーザーの増加を半減させた。
だが、若い世代が入隊し、木連と地球圏の戦いが終了したときに、そういった考え方は一掃とはいえないが払拭された。
有益といえる、エステバリスや通常のオペレーターとは一線を隔した意思疎通を必要としない一体化した
オペレーションは段違いの領域に達することが出来た。
「ここまで、火星人は適応しているのか。」
そういった地球圏の常識でレイは考えていた。
IFSユーザーであるものは、効率的で有益なものだとIFSを認識し、受け入れて身に付けた者たちだと。
「何がだ。フカイ大尉。」

「ここまで、IFSを使いこなしていることが、だ。」
訝しげに聞こえるアキトの声に答えながらレイはいよいよ慰撫部隊の目的を不思議に思いつつ、
機動で以って新兵と言っても相違ない彼らとの戦闘を行う。
FRXで戦闘してわかる。いや、わからされるというべきか。
IFSを火星人が身につけているのでは無いことに。
火星人はIFSを自分の一部として身に着けているのではなく、自分そのものに当たる一だと認識しているのだと。


「もともとがIFSの使用を生活の一部、自分の手足と扱っていたんですから。
当たり前といえば当たり前です。それに、火星人として痛い教訓を二度もわたって肉体と精神に教示させられた私達です。
闘いにおいては、普通の軍人とは一味違いますよ。」
レイの操作がアキトに委譲される。IFSによるAIへの直接申請を、レイと雪風AIが承諾支持を出したからだ。
「いきましょう。」
生き残りは三機。アキトは今まで低空飛行を行い、追走されていた状況から翼を羽ばたかせる。

可変翼という最大のアドバンテージ、レイはマニュアルとAIの支援パターンによって運用を行っていたが、
完全IFSを使用して急上昇する。
当然後部に着いていた機体、内2機が追いかける体制に入りってミサイルを振るまう。
機体より射出後、時間差によって起爆するそれらは、
実際に発射されるわけではないが、シュミュレーションが実践の如く錯覚させる。
実体弾であるミサイルにむけて、
雪風は一回転すると平行して脚部マニュピレータとディストーションフィールド弾くようにした。

爆音を後ろに聞きながら、
煙幕を通過してきた機体はミサイル発射後に確認を怠った索敵レーダーの警報を耳元で聞くことになる。
正面に敵が居た。敵はマニュピレイタで以って機体の主翼固定ユニットを抑えるようにして錐揉に陥る。
そうして、地面すれすれまで回転を続けた後に開放される。
シュミュレーションデータでレイフの敗北が知らされた。
要するに、地面に叩きつけられたのだ。

「実践で体験したことを忘れないように。シュミュレーションデータのテスト機は基地にもある。」
FRX全ての機体が格納庫に納まっていた。
今日の実践訓練を終え、あっさりと敗れたもの、最後まで奮闘したものなどが一同に会して整列してレイの声を聞く。
「まったく、とんだ実践だ。」
ブッカーは不満ではないが、洩らすしかない。
彼の乗機パイロットであるユキは最後まで生き残る奮闘振りを見せた。
エステバリス並みのマニュピレータと、機動力を生かした戦闘は身体に負担の掛かる機動ばかりが行われるものだった。
「すみません。」
小さな声が隣から聞こえた。ユキだ。
「いや、君が気にすることは無い。実力を発揮し、私が肉体の限界を感じたまでだ。
訓練とはいえ、君の力を大幅に開拓できたのは間違いない。」

ブッカー自身が戦闘に参加してわかったことがあった。
火星慰撫部隊は戦闘においてその異様さを誇るといえよう。
普段が牧歌的、平和を愛する人であるが。戦闘になると生きるための、最善を尽くすためにIFSと機体を駆使した機動を行う。

まるで極端にあつらえられた二面性、思考の切り替えが生粋の軍人以上に行えていたのだ。
「だが、このような人材をあつめて何をするつもりなんだ。」
思考の切り替えが行えるということは、公私を切り替えて全力をそれぞれに注ぐことが出来るということだ。

つまりは、向けられる力の矛先となる戦争が必要となる。だが、戦争が起こるような兆しがあるとブッカーは聞いていない。
ただひとつ、ボソンジャンプという未来の定まりを見せない新しい技術を除いて。
「アキト・ヘミング大尉。彼が渦中の中心となっている。」
苦悩はしない。だが、火星慰撫部隊に所属するに当たって知らずに居ることが多いのだとジェイムズ・ブッカーは自覚するのだ。