未来へ向かう星に集う



「ジャンプ」 連合宇宙軍のジャンプ研究施設にて、私は強力なフィールド発生装置とバッテリーのバッタと一緒にいた。

ボース粒子の光芒が私たちを包み込む。もちろん、アイやユキなどの5人とヤマサキを連れてのジャンプだった。
「ジャンプアウト。久しぶりね、此処にくるのは。」
私たちとともにジャンプを行った金髪の科学者が言う。

イネスフレサンジュという、ボソンジャンプにおける権威であり私と一緒のA級ジャンパー。
ネルガルと軍の連携が組まれたのは、私たちがプロスペクター氏と接触したよりも遥かに以前だったらしい。
誘拐が行われている最中からネルガルは独自に保護などを行い、A級ジャンパーを確保していた。

もちろん、取りこぼしがよほど多く、50人前後が確保。生き残っていた千人のほんのわずかな人数だ。
前提として、確保して保護するのはいいのだが一企業が慈善事業を行う範囲は限られている。

ゆえに、大きな活動が出来なかったのだという。
「あなたたちは、此処で過ごす事になる。
もちろん、あなたやマシンチャイルドの被験者だけではない。火星慰撫部隊の駐屯地にもなるのね。」
「聞いています。そして、此処が。」
歩いて通路を渡る。非常に軍艦らしいとはいえない、企業のビルの様な内装を歩いてブリッジへと向かう。
ドクタ・イネスの一番想像し易く、滞在もしたことがある医療室にジャンプアウトしていたから、ブリッジは少々遠い。

ドアが開かれてブリッジに到達する。
強化プラスチックの透明な窓を通して、久しく見ていなかった光景に感嘆の意を抱き。
握っていたミゾレとオボロの手を握る力がこもる。
「火星だと。」

見えるのは七色のナノマシン光、空に散布された惑星環境改変を行ったテラフォームナノマシンの光だ。
稀有ともいえるこの光景を見ることが出来るのは、火星に置いて他ならない。
子供達とユキはそれぞれにその光景を見上げる。

「そう、火星ユートピアコロニーの中心部。此処が軍とネルガルの用意した慰撫部隊の実践拠点になるの。
ユートピアコロニーの再建計画、軍施設と市民用の居住施設。
実験都市としての稼動。火星唯一のコロニーとして此処は再建される。」

イネスさんが言って、懐かしそうな視線を向ける。彼女についてアキトに教えてもらったのは、
ジャンプの事故に巻き込んでしまった、アキトの被害者だということ。

そして、私よりも遥かに過酷な状況に出会った人間の一人であること。
私は火星が政略される時に、地球に留学していたのだ。私に火星会戦における情景をはっきり想像は出来ない。
「公開された断片映像からは、想像できなかったけど。」
「そうね、実際に見たことが無ければ想像なんて仕様が無い。」

「おかーさん、町がボロボロ。」
地上十メートルから見下ろす町は、チューリップが地表に衝突した影響で出来たクレーターと、
ナデシコが陥没させた地下構造体の穴、そしてチューリップが地表に衝突した際の衝撃によって倒壊されていた。
「廃墟だね。」
「ええ、かつて理想郷の名前がつけられた希望の地。」
アキトとイネスさんの生まれた場所。
「ユートピアコロニー。」
イネスさんの言葉が遠くに聞こえた。

私もかつて此処に住んでいたことがある、裕福だった家族に囲まれていた過去の場所。
人間として定まらず、神を信じることが出来ない私にとっての泡沫を抱いた場所。
かつてが平和と貧困にあふれていたのなら、此処は今は浄化されていた。

何も無くなった伽藍堂はむしろ、私に爽快感すら覚えさせられる。
それに、私はなんとも微笑ましいものを見つけてしまうのだ。
それを見つけてしまっては、もう私には此処はたまらない平和で安心の出来る町が出来るのを夢想できる。
「見て。」
オボロにしゃがんで指を挿して地上を見せる。
「なあに。」
不思議そうに眼下を見下ろしたオボロは、私と同じものを見つけてくれた。いや、目だってしょうがないだろう。
「友達になれると良いね。」
見れば金髪や銀髪や黒髪、赤髪の子供達が黒衣の男と白衣の老人、
それに研究所から一緒に逃げてきてしまった心配性の柊博士が一緒に列を成して幼稚園の遠足ごっこをしていたのだ。

「うん。」
「私も、友達になる。」
ミゾレが背中に抱きついていってくる。
表情は彼女達も、眼下の子供達も硬い。
けれど、安心しているような表情を見つけることは出来た。
「はあ、のんきなものね。」
イネスさんの声を後ろに聞いた。彼女は平和を貪っている彼らの内面を理解できているのだろうか。
いや、理解してなければあんな表情は出来ない。振り返ってみた彼女は面白いものを見たように笑っていたからだ。

「敵のことを考慮しながら挑発している。
拠点を火星にしておきながら、実験は非公開のデイモスの宙域と木星と火星の中間地点にある衛星群でおこなう。
まったく、馬鹿らしいことを考える軍人も居たわね。」

「ええ、あのひとは敵を殺そうとか恨んでいるという感情を抱いていない。
ただ、火星に人々が普通に生活できる事を望んでいる。入植者を拒んでいる連合政府の言葉は理解できるし、
火星人が受けるであろう災厄も。だから、障害をいち早く切除しようとしているんですよ。」




イネスは眼下を見下ろしながら、黒衣の青年がテンカワアキトであることに気が向かずには居られない。
テンカワキトがネルガルに接触して、連合宇宙軍との共闘作戦が成されているのは知っていた。

プロスペクター、彼がテンカワアキトから接触されて計画を持ちかけられたことは、彼女も知らされている。

ナデシコイフリート構想にあったバッタを搭載した遊撃艦の建造と、開発情報収集の協力。
火星慰撫部隊全体の初期訓練から始める、機動兵器開発の協力。

それらはあくまで協力に見えるが、戦力を増強しようとしても出来ない宇宙軍の出来る、戦力増強作戦だった。
だが、火星に拠点を置いていた宇宙軍のひとつを選んで、そこを拠点と仕様とするのはなんとも豪気な考え方だ。
「そう、随分と啓蒙じみた考えね。」

サクヤ・ヘミングと名乗った女性と、マシンチャイルドの少女達と出会ったのはわずかに
一時間前にもならない時間だった。彼女達は此処にくる危険性を理解していながら、
どうにかできると達観したような視線を持っていた。

彼女達はお兄ちゃんのことを真に理解して、彼のしようとしていることを完全には理解できていないが、
実現できることをしようと思っているのだろう。

「此処を使うのも、やっぱり大胆。テンカワアキトは、そんなにも豪胆な男じゃなかったわ。」
「いえ、テンカワアキトではないですよ。」
さて、彼女に私は確認してみてどんな感情を抱くかわかるかしら。
「今は、アキト・ヘミングです。」

そう、嫉妬ね。
ネルガルが初期から抱いていた、ワンマンシップ構想は軍とは相容れない考え方だ。
優秀なマシンチャいルド一人が艦を操縦して率い、少数精鋭での艦の運用を行う。

これまで書けば十分優秀なプランに見えるだろう。だが、それは一般人視線でしかない。
軍は人を抱えている。軍人達は活躍できる場が無ければ、当然場を作らなくてはならないのが軍の考えだ。
統合軍のような大所帯となっているのならば、それは無理というものだ。

さらに、マシンチャイルドという稀有すぎる人間をそのような重責たる立場においても良いのだろうか。
いや、普通ならば考えない。そもそもがマシンチャイルド達そのものが、遺伝子操作によって生まれた禁忌の存在なのだ。

彼らを表舞台に出すことも考えてはならない、普通ならば、だ。
だが、連合宇宙軍はワンマンシップ構想を受け入れた。

いや、受け入れることによって出来ることが多かったのだ。
ホシノルリ。ミスマルコウイチロウが後見人を果たす一人の少女を火星の後継者より守るため、
表舞台に持ち上げて誘拐を妨害する目的。

そして、粛々と行われる軍備縮小における対策。
そのために、連合宇宙軍はナデシコフリート構想を別として暗躍する旧木連強硬派の行動を縛る
ワンマンシップ構想の舟の発注と、ホシノルリの保護を行い軍への入隊を行った。

「で、火星軌道衛星上で待機していた宇宙軍に寄付された「コスモス」を住居拠点として
ユートピアコロニーの再建と調査をおこなう。
その内容は理解できるけど、あなた達はアキトくんと入植するつもりなのかしら。」

「いえ、私達は帰ってきただけ。
荒廃した故郷に住む第一歩、阻むべき敵を近場にてけん制する拠点に住むのはそういう意味なんです。」
「入植じゃない。帰ってきた。」
それは、ひどく火星人に感傷を抱かせる言葉だった。
「そのとおりね。」

コスモスは火星地表にて改良された相転位エンジンのエネルギーによって、
荒廃した土地を砲戦フレーム改良版の重機フレームで開発している。
地下のシェルター施設は以前のデーターとの検証を行い、すでにコスモスの着床した地下には、
広大とはいえないものの格納庫の建設が行われている。最新式のシェルターも兼ねた軍施設だ。
「私達は帰ってきたのだから。火星に。」

お兄ちゃんでも、アキトヘミングでもいいのだ。テンカワアキトだった彼にすぐさまにでも会いたい。
彼の考えを知りたいし、彼がどのような状況にあるのかを知りたい。初恋の彼、記憶にあった鍵の人。
おにいちゃんに私は会いたいのだ。
「アキトくんは今どこに?」
「今は、連合宇宙軍本部に。」
遠くを見る彼女の視線は、何処かに飛んでいるかもしれない妖精を探すように虚ろだ。
「そう。」



面会というのは何時も緊張するものだった。軍司令部として存在する連合宇宙軍本部は、ニホンに存在する。
周囲にある機動兵器テスト施設に隣接しているビル、そこが連合宇宙軍の本部だった。
「こういうのは苦手だ。」

堅苦しいという雰囲気はない。白の少尉以上の階級服。
隣に立つラピスは連合宇宙軍付属学園の制服である白のセーラー服に膝を隠す長さのフレアスカート姿。
「そうなの。」
ラピスはアキトの様子になんら関心を示さない表情をしているが、
ちらちらと横目で彼を見ていることを、アキトは気づいていた。
「ああ。面会とか、面接とかは苦手さ。」
ノック。堅い樫の扉を叩いて、中からの「どうぞ」という言葉を確認すると入室する。
「「失礼します。」」
「ああ、久しぶりだね。それとはじめまして。」
大きく開かれた窓を背にして机に座っていたのは、ミスマルコウイチロウその人だった。

「連合宇宙軍火星慰撫部隊所属、アキト・ヘミング少尉。」
「連合宇宙軍火星慰撫部隊所属、民間協力者ラピスラズリ。」
「以前より申請していた面会を受けていただき、ありがとうございます。」
二人の口述による名乗りを受けて、鷹揚に彼は頷く。

「此度の面会は、私によってもとても重要なことだと考えている。
現在の連合宇宙軍再編は、極東を残して殆どの支部が統合軍に一部吸収を受けている。
裏でうごめいている火星の後継者、彼らについての話をする事は、非常に有意義だ。」

コウイチロウは机の椅子から立ち上がり、正面にあるソファセットに彼ら二人の軍人を誘った。
ラピスはわき目で水槽の魚を見ていたのは愛嬌だった。
「それに、アキトくん自身に会うのも私は楽しみであり、怖くもあった。」

コウイチロウに相対して、視線を互いに交わす。
互いが持っている感情は、軍人と一人の人間としてのものだ。
アキトには譲れないものがあり、コウイチロウにもある。

アキトには成さねばならぬことがある。
古代火星人の残した遺産の正常な稼動と、火星への入植再開。
マシンチャイルドと火星人、つまりはジャンパーの人権保護。


連合宇宙軍と連合政府に対して、アキトは深い理解をもっていない。しかし、彼らに対する方法があるのを知っていた。
「ふむ、強くなったな。」
コウイチロウの評価は一言に尽きた。
テンカワアキトという青年は過去において、ラーメン屋で生計を立ててゆこうと決断して生きてゆくことを
決めていた男だった。確かにまっすぐな志を持った男と言えた。

だが、その人間としての成長を彼は感じることが出来なかったのは確かだった。
彼は人間としてやっていきたいことは決まっていたが、
家族とともに生活してゆくと言う実感を持っていないように見受けられた。

見た目のみをみて、目先と自分の展望を見て深く人と接触を行っていたようには見えなかったのだ。
自分が彼を成長する力になってやればいいとコウイチロウは思っていた。だが、彼の考えは現実の過酷さによって実現される。

「なるように成らなければならない。
人間は出会う出来事によって成長しなければならない。私はそう思います。」

「対応し、成長しなければならない。それは私も同感だ。だが、ユリカと共にそういう事にならず、こうなった。」

相対する二人の男女は、夫婦ではない。

彼はアキト・ヘミングとして他に妻を持ち、ラピスラズリという少女を連れてやってきた。
ユリカが成しえなかったことを、彼の妻とラピスラズリが成した。
いや、今も尚成しているのだとコウイチロウは確信する。


「さあ、話すとしようか。火星の後継者と、君の展望を。」

アキトは早速来たと、ラピスと共に腕に巻かれたコミュニケを弄り、いくつものウインドウを展開した。

「私が考えている作戦は、火星の後継者に対する威力攻撃と、政治的圧力を掛けることです。」
「現在の火星慰撫部隊の配置が火星コスモス駐屯基地に移動させたのは、
敵に対する圧力であることは私も理解している。そして、政治的圧力か。」

「はい。相手はヒサゴプランから零れ落ちる利益と、自身の名声のために協力している政治家です。」
政治家のうちでヒサゴプランを支持しているメンバーの大半は連合政府のビッグバリア賛同派の連中だった。

「相手は利益を求めたメンバーだ。もちろん、ビッグバリアに関しての賛同を行った政治家は当時の
クリムゾングループへと繋がっていた者が多い。」
「私達の掛けられる政治的圧力とは、火星人と火星に対して協力的な政治家と行う、火星に対する封鎖を解除することです。」
火星は植民地であった。
人口爆発を起こし、二酸化炭素濃度が上昇する地球の森林地帯増加や、人口の減少を狙った植民地構想。
地球とは異なる惑星への移住は、いつかとされる地球の滅亡や宇宙への進出、その展望を見せる一計だったのだ。

「深宇宙探索や、人口の移住において、火星の封鎖は不利益だ。
ボソンジャンプという未知の可能性に対して、我々は探索を封じられている。そういった大義名分を我々は使いたい。」

コウイチロウは頷き、アキトの意見を聞いていた。
目の前の青年の言わんとすることを察し、尚理解を出来ない点はいくつもあるのだから。

「確かに火星という大地の封鎖や深宇宙探索の名文は理解にたる。
だが、それは一重にヒサゴプランを助長させる要因でもあると思うのだよ。」
アキトはラピスに視線を送り、虚空を頭を振って指した。
「解った。」
ウインドウがひとつ展開する。古代火星人の残した遺跡、演算ユニットがナデシコAに搬入される光景。
「遺跡の研究は、ヒサゴプランを占拠するクリムゾングループに占拠される形になっています。」
「うむ。」
ヒサゴプランの建設と共にクリムゾングループが統合軍の強力なパートナーとなって、
ボソンジャンプの原理を理解せずに利用することが先立っている現状。
統合軍はクリムゾングループと共に、遺跡の研究を行っていた。

「連中は、連合宇宙軍とネルガルグループの共同研究を行うことを正式に拒否している。」
「そこで、相手に対する対立研究を行うんですよ。」

合点がいく。コウイチロウはコスモスに派遣されたネルガルの研究者団体、その活用方法とアキトの考えを読み取った。
「なるほど、火星への連合宇宙軍の進出か。良く考えたものだ。いや、あるいはそれが順当か。」
遺跡の技術を独占し、二極化している軍の片方へパワーバランスの分銅を与える。
これは政府の視点からしてみても、簡単に無視できない要素だった。

「そして、火星再入植には木連の人々も出てくる。
何時までも彼らが木星コロニーに居住するのはよくない。
祖先の逃げ延びた地である火星は、彼らの受け入れ地にもなる。
統合軍の火星占拠状態を、彼らも何時までも続けて入られない。」

「民意を共にして、相手へと圧力を掛ける。」
「私はすでに、ヤマサキ中尉より敵「火星の後継者」の研究所へ襲撃を行っています。
A級ジャンパーによる研究施設の破壊。相手の苛立ちと屈辱、失態への悔恨は深いことでしょう。」

コウイチロウは表情が険しくなるのを自覚しながら、テーブルに置かれた日本茶を手に取ってすすった。
湯はすでに冷めている。だが、それはちょうどいいくらいの熱さましにはなった。

「早急の対処は時と場合によって、結果を大きく違える。
アキトくん、君の考えは理解した。だが、君の展望はそこから見えてこないな。」

アキトは不意を突かれたように、目を見開き、考えるように視線をそらした。
何かを考えるように視線を迷わせ、コウイチロウをみて、ラピスを見て、ウインドウの群れを見遣る。
ナデシコB、ナデシコC、試験戦艦、ヒサゴプランのイワト。

ため息はひとつ。

ラピスがアキトの軍服を裾を引っ張った。

「私の、俺の展望は。この子と」
ラピスが引っ張る手を握り締める。
「火星の人が平穏に過ごせる平和が欲しい。」
「君の憎むべき木星の人間が火星に住んで、共存することになってもかな。」

木星の民が火星に移殖する。それは、火星人が直面するひとつの難関だった。
「一部の人間が行ったことを、木星の人々全てが行ったと思っていませんよ。たとえそうなっても、かまわないです。」

誰しもが思っていないだろう、アキトの意思にラピスとコウイチロウは不安と懸念を抱く。
だが、彼のいう尤もな言葉に反論をすることは無かった。
「政治的圧力に関しては、私の知人にそのような木星人の火星移植推進を行っているものが居る。
私としては賛同も否定も出来ない。
ただ、軍人として一般市民を何時までも木連のコロニーで生活するのはいかんともしがたい。」

コウイチロウはアキトの瞳を見下ろしながら言った。
自分の言った言葉をしっかりと理解しているのだろう。
隣に座ったラピスに茶菓子のクッキーや寒天菓子を勧め、茶をすする。

「圧迫された空間での生活は、人に精神的苦痛を与えます。ああいった環境だからだけなじゃない。
人間はクサカベのように周りを見ておきながら、やはり自分を中心にして進んでいる思うことがある。
はやめに、開放された大地に住んでもらいたいです。」

「日本が大陸に繋がるみたいに?」
ラピスは自分の考えに浮かんだイメージを口にする。
日本という国は、大陸に繋がることなく孤立してきた。

大海に阻まれた交流は幾度として行われたが、
ついぞ島の中にあったいくつもの勢力を潰し、和解し、融和して23世紀までやってきた。

国際社会の中で、今だに外国人を見かけてものめずらしそうにするのは、日本だけではない。
だが、日本は際立ってその傾倒があった。
ラピスのイメージは大陸とつながり、国の境界が恣意的になった、繋がった国のようなイメージであろう。
「いや、彼らは日本という国と決定的に違うのだよ。」

コウイチロウはラピスの首をかしげて、クッキーをちびちびかじる姿に微笑ましいものを感じながら、茶を一口飲む。
「日本はいくつ物対立してきた勢力や、思想、どのような宗教すらも取り込む八百万の神々の思想があった。
20世紀後半からは異端的宗教の活動があったが、
それでも日本という国に宗教というひとつの方向性が定着することは無かった。
だが、木連はどうだろう。」

「木連は、ゲキガンガーというひとつの方向性を提示し、民意をひとつの方向に向けた。
考えがばらばらな日本と、ひとつの方向しか向いていない木連。これは大きな違いだろうな。」
ため息を苦笑顔でいうアキトを、ラピスは見上げる。
苦笑の顔に、嘲笑にも呆れにも見える色が浮かんだことを、ラピスは見逃さなかったのだ。
体のナノマシンじゃない、ちがうナニカが蠢動する。

いや、脈動と言ってもいい。

ラピスはその感覚から通じてくる思考を感じる。
いや、知らされるといってよかった。

無言でお茶をもう一回すすった。



火星の大地は赤くない。テラフォーミングされた大地に立つと、粒状の砂地が踏みしめる足元に広がっている。
着てきた春用コートが薄いと感じた。火星の気温は基本的に地球とは異なっていたからだ。
火星と地球の公転周期が異なるのも大きな要素だろう。
「豪気なことをするものだ。」
手に持ったスーツケースが重い。

「それで、テストパイロットとその上官を連れてくるあんたも充分豪気だよ。」
「何を言っているのだか。連合宇宙軍が空軍特殊戦であるFAFを離脱してきた君達を、
テストパイロットとして雇ってここまでこれたんだ。感謝してもいい、かな。」

言い合うのは黒髪を几帳面に整え、淵のはっきりしたメガネを掛けた男と、
金髪を整えて口ひげを蓄え、赤のジャケットを着た男。
初めて立つ火星大地から空を見上げるジャンパーを着た黒髪の青年。さらに金髪の白衣を着た女性だった。

「あなた達の初見イメージは、随分と寡黙なチームだと思ったけれど、随分とちぐはぐなチームなのかしら。」
几帳面な印象ながら大雑把に笑って、
郷田博士は彼ら4人の中央に置かれた一抱えできるようなテーブルのような装置に手を掛ける。
「そうですね、フレサンジュ博士。
私としては仲良くやってきたつもりなんですけど、どうにもこうにも。ねえ、ブッカー少佐。」

「どうとでも言え。ドクターのやり方が俺たちにあっていたのはいいが、
あなたのやり方はとっぴ過ぎていけない。もっと、思考的に考えることをお勧めする。」
困ったように金髪の男、ジェイムズ・ブッカーは天を仰いでみせる。
「突飛な思いつきは、進展と好奇心の源ですよ。」
「そらが、虹色だな。」
二人の言い争う背で、フカイレイは言った。

「もうすぐ護衛が来るはずよ。」
イネスの言葉の次に、彼方から航空機の陰が現れる。
ネルガル旧研究所施設の展望台に、3人の姿があった。

ネルガルと宇宙軍の協力体制が構成されたと共に、宇宙軍は火星に火星慰撫舞台を駐屯させるため、
衛星軌道上で火星を監視していたコスモスを旧ユートピアコロニーに降下させ、基地とした。

ユートピアコロニーでは、地下と地上の両方が復旧と共に改築が行われている。
ネルガルはその最中に、旧ネルガル研究所施設の視察を行うことを申請した。
内部施設の資材で、使用可能なものがあることは否定できないからだ。

研究所を建設するときに使用された、溶鉱炉などの鉄鋼製作機械などは、その尤もたる対象だった。
やってくる航空機は総勢3機。いびつな機体が二基に通常の航空機だ。
「ノーマルと、新型か?」
あごひげを弄り、ブッカーが上空を見上げる。


「いえ
エステバリスを搭載したのが二基と通常航空機が一機ですね。」
「前々から思っていたが、エステバリスを搭載すると不恰好だ。 それでも、機体がそれに適応するフォルムならば随分と変わるもんだな。」
郷田博士とレイは立ってきた航空機群を見上げてそういった。
二人の視線には好奇心と、関心が浮かんでいる。

「当然よ。通常ならばありえないけれど、補助ユニットであるFRXとのドッキングに対応するためのに本体を改造したの。
ネルガルエステバリス2カスタム。
エステバリスの補助バッテリー構想に沿いつつも、
バッタのエンジンを搭載した補助ユニットに頼り過ぎない構想の機体。
他のプロジェクト基幹システムをまるまるこっちのほうに移殖したの。」
イネスは困ったように視線を向ける。


航空機の2機が機体を上昇させ、豪風と共に太陽方向へと消え去る。
「荒っぽい機動だ。」
「現職パイロットじゃないか。」
眉がしかめられるのは当然。レイとブッカーの二人はパイロットの経験がある軍人だ。
火星慰撫部隊の荒はありありと感じられた。

それと共に彼らの荒っぽい筋の中に、光るものを感じるのだった。
鍛え、答えてくれれば彼らは成長する。
「対ショック。護衛機と航空機が来るわ。」
「了解。」
イネスの警告に三人の軍人が答えた。

ネルガル研究所のヘリポートはひとつしかない。
航空機が下りてくるよりも視線が向けられるのは、FRXから切り離されたエステバリスだった。
テスト機らしい、灰色のノーペイントエステバリス。両肩にはノズルが3機ずつ搭載された肩当。

背中には鮫やイルカのような背びれに似た、メインスラスター。
極めつけなのは、通常のエステバリスには見られない脚部の太ももとかかと部分につけられたスラスターだ。
「航空機を発見。」

サングラスをしたレイが同じくイネスが頷くのを視界の脇に見る。
「急降下中、ね。」
スラスターの巻き起こすエネルギーの奔流は、風だった。
左右の主翼が可変移動する、フラップジャイロユニット。滞空可能の航空機だ。
「ヘリコプターと同様の機動が可能だからといっても、無茶じゃないか。」
「大丈夫でしょう。」
懸念の声を洩らすブッカーに、郷田博士が答える。航空機や機動兵器開発の専門家の声に無言で納得する。

跪いてアサルトピットに腕を寄せた後に停止するエステバリス。パイロットの機体昇降を考慮してだろう。
上空へとあがって旋回してたFRXは、降りてくることは無い。


アサルトピットのエアが抜ける音が聞こえ、隔壁からパイロットの姿を見せる。 黒のパイロットスーツ、だの生命維持だけではない、戦闘も可能なそれを身に着けたパイロットが出てくる。
当然フルフェイスの酸素マスクが搭載されたもので、ボディラインで男性だと判断できる。

「随分とパイロットスーツにしてはしっかりとしたボディースーツだ。」
郷田博士はアサルトピットから降りてきた一人のパイロットを仰ぐように見た。
やってきた二機は両方ともアサルトピットを展開し、両機とも男性パイロットだ。

降りてきたのは一人のみ。航空機からは女性士官や、男性隊員がやってきた4人を迎えるように降りてきていた。
「このスーツは格闘も想定したスーツなんですよ。」

遠くで話していたというのに、耳ざとく答えてくれたパイロットに、
レイとブッカーはため息を洩らした後で、笑みを薄く浮かべた。
「それはそれは、随分と火星の方は熟考するようで何より。
私は郷田ミヨシ。私の構想を形にしてくれた火星の方々に初めに言いたい。お招き頂き、感謝します。」

「私は、」
パイロットがヘルメットスイッチを押す。内部の酸素マスクを密着状態から、外すための動作だった。
マスクを密封状態から解除。そして、パイロットの素顔が現れる。
「火星慰撫部隊、連合宇宙軍少尉アキト・ヘミングです。」
はじめてみる顔は、招待された一人であるレイと同様に若い。
印象は得体の知れない黒だ。だが、声を聞いて思うのは苦労しているようなイメージ。

「いやはや、お若い。」
「私はジェイムズブッカー、階級は少佐だ。ひとつ質問だが、君の階級は少尉というが、君の立場からしてみると。」
「もっと上の階級じゃないのか、と思われましたか。」
ブッカーのたずねる手に、アキトは頷いて答える。
「火星慰撫部隊は、第一次火星会戦より発足しましたが協力市民の団体のようなもの。全員が士官待遇で少尉ばかり。
現在は階級の変動をしていませんが、軍務カリキュラムの成績によって、階級について変動は検討中です。」
頷くブッカー。

「了解した。階級に関しては、私は上下を大きく考えていない。実力がモノをいうことを臨むよ。」
「了解です。」
アキトは敬礼を行わず、友好的な笑みを浮かべて頷いた。

ただ一人、レイが降り立ってきた航空機とエステバリスを見ていた。
「レイ、お前も自己紹介したらどうだ。これから世話になる人だ。」
ブッカーは声を掛けられずには居られなかった。

前に居た連合宇宙軍FAFは深宇宙探索と武器開発を目的とした、フェアリーアクションフォースという、
行動を起こすことを目的とした実験部隊だった。
基本的にさまざまな人種が入り乱れ、さまざまな正確や哲学の持ち主が集っていた。

レイはその中でも珍しいタイプのデータ重視のコンピューターAIを人間よりも信じる男だった。
火星ではどのような人間が集っているのかは解らない。

だが、これから付き合ってゆく人間に対して挨拶をしないほど、不出来ではない男だ。
ブッカー少佐はそれを確信していながらも、声をかけた。

「機体の名前は無いのか。」
ポツリと言うレイの言葉を聞き逃したものは多かった。
「まだ考えていません。あなたは機体に愛称をつけたいですか。」

「いや、声をかける相手になるAIに名前がないと声は掛けにくい。」
通常ならば考えられないような思考だ。コンピューターAIに対しての人間視だ。
「おい、レイ。」
ブッカー少佐としては、レイの考え方を拒否することは無い。
「あなたはコンピューターAIを人間にたとえると。」

アキトの声に疑問が混じっていた。ブッカーは難しい表情を浮かべる。
「いや、そう言っては居ない。それらしい反応をしてくれるAIに、声をかけて見るのは人間の常だ。
人形、車、自転車。人とかかわる相手に声をかけるとき、名前が会ってもいいだろう。」

「ふむ。」
アキトは頷き、周囲に居た女性士官は不思議そうな視線を向けた。郷田博士は笑いさえ浮かべている。
「その考え、大いに結構。名前は正式登録を制度にして、好きに付けてもいいことにしましょう。」
「そいつはどうも。連合宇宙軍大尉フカイレイだ。ヨロシク。」

エステバリスとFRX改良機の前で振り返って敬礼。洒脱な敬礼だ。
「連合宇宙軍火星慰撫部隊、アキト・ヘミング少尉です。こちらこそヨロシク。」
同じく敬礼。



改訂2008.6.17