ブラックサレナはレイフとの接続を終えて遺跡を搬送する。
クーゲル部隊をやり過ごしながら、遺跡を搬送すると言うのは苦たる仕事であったが、
遺跡ユニットは後継者が使用していたコンテナをそのままに運び。

現在はユキ主導の操縦で高機動でユーチャリスへと向かっていた。

「レイフとの接続が急ぎすぎて、本来なら上を向いているんですけどね。」
「できるのなら、どちらでもいいさ。」
ユキからの声に、アキトは助かればいいと答えた。

エステバリスを代表として、FRXは胴体に仰向けになった機体を接続するのが本来の形態だ。
緊急時として、うつぶせで接続ができる。

サレナは通常エステバリスよりもスラスターが多く、テールバインダやウイングが大きい。
レイフがサレナ専用機としてカスタムされたのも、機体の個性が強いからだ。

「ユーチャリスに接近しました。どうしましょうか。」
「機体のジョイントを解除。バッタ防衛群を抜けてから、話してくれ。」
「承知。」

バッタの壁が一部ほつれ、二人の機体を飲みこむ。
クーゲルが彼方より追跡するがバッタは一陣としてミサイルを叩き込み、煙幕より突貫する機体それぞれに取り付いた。
大戦中ではなかった、直接対決にクーゲルはなすすべも無い。

通信よりハッキングする機能をもって、バッタはクーゲルを撃破していった。

着艦は実にスムーズだった。ユーチャリスは本来細身の艦だったが、レイピアのようなフォルムは横長になり。

まるで盾のような甲板が広がっている。甲板といってもカタパルトとして兼用しているものだ。
「着艦許可を確認。一部ハッチを開放。」
サレナは細身と成った体で抱きかかえた遺跡コンテナをハッチへと設置した。

「固定完了。こちらは迎撃に移る。」
コンテナハッチのアームに押さえられ、甲板より艦内に収納される。
ブラックサレナは身を反転させ、宇宙を見上げた。

はるか遠くにある星空の光と同様に、戦乱の光が方々に散らばっている。

バッタの直接攻撃。エステWのラピッドライフルとFRXのレールカノン。
クーゲルのミサイルや艦のグラビティーブラスト。
「いや、グラビティーブラストだと。」

サレナはユーチャリスに向かうそれを目の前に見る。
フィールドの最大展開。ユーチャリスは加速して回避しながら、直撃を避ける。



「バッタに被害あり。エステ中破3。」
「FRXおよびエステ4機がよつゆへ迎撃に向かっています。」

サキの報告に、アキトは索敵ウインドウに表示されたものを見る。
「よつゆが切欠に、統合軍の半数が寝返ったか。」
先の勧告より30分が経過していた。

相転移エンジンが本機動し、既に射程に捉えた後に放たれた収束ブラストだった。
本来のアウトレンジを攻略するものだが、威力はフィールドで十分に耐えられる。
だからでもない。直撃を回避した。

こちらの勧告を切欠にアマテラスの通信回線は復帰している。こちらが意図的にしたものだ。
内部で得るものは得た。
だが、膿が多くのこるアマテラスをこの状況に置き、
考えるまもなく戦いに突入するのが考えだったのだ。

統合軍の駐留部隊は全てで、停泊していた艦艇のうち三分の一が後継者としての立場をとった。
「ナデシコBが迎撃に入った。
混乱状況でアマテラス内部で時事決定がされたけど、内部クーデターが発生。蜂の残りが内部で交戦中。」

「蜂はこちら側の人材を確保して内部施設の占拠を。ハッキングでサポートを頼む。
こちら側につきそうな、艦と部隊をまとめる。リストを挙げてくれ。」

敵情と内情の表示されたウインドウが展開される。
アキトはその中で、あちらとこちらの戦力差を見てとった。
「伝セインを複合してこちらの優位。いた、優位になっても羅わなけらば困るな。」

アマテラス内部を制圧することは、こちらが持久戦に持ちもめる。
あちらの兵糧が持続するかに大きくかかわってくるのだ。

ユーチャリスは単機決戦とジャンパーを当てにして兵糧など備蓄は全員で一週間持続できる。
「短期決戦に持ち込むために、今まで行動してきたの。」
ラピスは振り返った。

「そうだ。数はやはり力なんだ。」
戦力さと共に、士気にかかわらず数は大きな要素になる。
だからこそ、火星慰撫部隊に戦力を得るため、コロニー査察部隊としての立場を形成させたのだから。

中立国の代表の天秤との交渉に持ち込み、いずれの未来への布石は打っておいたが、
そこまでに達するためには、現状を打破する貸しないのだ。

ユーチャリス付近にFRXとエステWが集合し始めている。バッタとエステ、FRXが盾となっている。
ナデシコBにはアマテラスのエステ部隊、ライオンズシックルが集合したと表示される。

旧ナデシコのクルー、スバルリョウコが体調を勤める舞台だ。
敵艦へと反撃を行っている艦艇は徐々にこちらへ接近している。
敵方とこちらで陣形を形成するならば、アマテラス中央部を囲む陣形だろう。

「反撃行動をとっている艦艇と通信。陽動戦線をはり、アマテラスに接続されているチューリップを確保する。」
「艦艇とナデシコBへ通信開きます。どうぞ。」
複数展開したウインドウには、ルリをはじめ、老いも若きも粒ぞろいの艦長たちの姿が14人映し出される。

「連合政府の武力として、我等はアマテラス制圧または破壊を目的とします。」
「了承してます。」
「武力差はさほど変わるものではない、内部状況の把握は。」
「長期戦はこちらに向きませんからなぁ。」
ルリをはじめとして統合軍側の者が発言する。

「内部にはこちらの部隊が侵入し、既に内部制圧作戦を起こしています。
あちらの兵糧と武器弾薬は確保できていると思っていただければ。」
「ふむ、了解だ。」
納得して髭面の艦長にうなずく。



「ですが、あちらが蜂起した理由は何なのでしょう。」
「ボソンジャンプの切り札、ブラックボックスの確保。彼らの訴えるところは、世界秩序の形成だそうだ。」
ルリの素朴な疑問に、アキトは隠さずに言った。
艦長勢の表情は往々にして苦いものがある。

「それは、クサカベ准将が首領をしていると。」
「はい。ですが、あちらはクサカベをロストしています。
ナグモ大佐指揮のもと、独自行動を開始したようです。なお、クサカベの身元は独自で確保しています」
「結構、では、烏合の衆になりきれてはいないが、そのような状況にあるとしていいのだな。」

そろっているのは髭面のセキタと、青年にも見えるソライ、そして体躯の大きいカザミとホシノルリである。
「はい、こちらが行うのは敵の排除殲滅でかまいません。コロニー査察部隊と連合政府権限において、
このたびの戦闘行為を承認します。」

「了解です。では、タコ殴りは出来ませんが、広域包囲にて個別迎撃をしますか。」
「いや、あちらの逃走経路遮断を狙うことが先決だ。」
「もっとも、跳躍に頼られれば立つ瀬はないな。」
ルリの表示したウインドウにソライが反論し、セキタが釘をさした。

「チューリップ制圧は行っています。ソフトウェア面でアマテラスは既に制圧下に置き、
物理戦闘が主となっている。こちらの艦は旗艦と護衛艦二隻の一組が2つ、そしてナデシコとユーチャリス。
一艦隊のみが背後に回り、退路へのにらみを利かせ、こちらで迎撃するでいかがでしょうか。」
「うむ、それでよかろうな。」
カザミが体躯を揺らした。

「アマテラス制圧は時間の問題、敵艦隊を迎撃するにも撃沈すらいとわない状況だ。
ヘミング少佐の案を推奨する。」
「右に同じ。」
「同意します。」
「私は、従うのみですね。」
ルリがしこりのある言を言い、全員が同意をしめした。

「では、おとりとしての我等が背後に回りましょう。新鋭艦でもあり、小回りも効きます。」
アキトの提案は全員が同意を示すものであった。
統合軍所属艦は老朽とは言わないが、大戦中活動していたものを流用したものだ。
エネルギー運用アルゴリズムや、砲撃パターンは互いに知れ居ていて睨み合う状況には向いている。

そこで虚を突いて背後へ回るには目立つナデシコとユーチャリスではあるが、機動力の高さは抜きん出ていた。


作戦行動を開始。ナデシコBを先頭にして二隻の艦が突撃する。
「FRX、エステバリスWが散開。ライオンズシックルも迎撃位置について防衛線を展開中。」

ハリの声にも緊張が伝わっていた。
戦場という場所を越えるのは、軍艦の責務だ。

だが、和平が成ってからはこのような本格的戦闘が行われたことは無い。


彼自身の年齢と経験から言っても、ナデシコBが軍艦であるという自覚があってなお。
戦場に立つ高揚感を覚えていた。いや、高揚感と勘違いした恐怖を。

『敵の背を取るのは、戦場において確かに利となること。
ですが、大作戦を立てて囮として戦線をはって奇襲するのが定石。艦長、この作戦は。』
エステバリスアサルトピットからのサブロウタの声。

「おそらくですが。ヘミング少佐は囮としての我々を利用して、あわよくば敵を殲滅する考えなのでしょう。」
作戦において背後を取ってアマテラスへの道を確保するのが、一見の筋だ。
だが、言葉だけでなく行動を起こしてわかる。


これは、ナデシコAが処女航海時におこなった、ドック脱出作戦と同じ内容なのだ。
違う側面から見てみると、ルリはアキトの考えていることを幾つか思いつく。

だが、とりとめがなさ過ぎて、考えるのが無益なのだ。

「この作戦で背後を取るのは、確かにうわべだけでしょう。ユーチャリスはアマテラス内部を制圧できている。
我々が背後をとるというのは、貯蔵庫と補給物資を得るに等しいのでは。」

サクヤの言葉は納得できるものだった。
ブリッジやウインドウを開いていた者の表情は、納得と疑問の二つにわかれる。

ルリとしては彼女の発言を受けてなお、声音に表さずに言う。

「ヘミング少佐の考えもありますサクヤ中尉。ですが、詮索は無用。実行に移せばいいんです。」
言って、ルリは内でごちた。

(私たちらしい、私らしい。ナデシコらしさは大局とは相反するものなのですから。)




「まったく、何時も何度でもこの船は扱いが厳しいな。」
『良いじゃないですか。日ごろただ飯かっくらってたわけですし。』
スーパーエステバリスと呼称される機体がわずかにアマテラスへ配置された事実を知るものは少ない。

そして、部隊としてライオンズシックルの名を持つ隊の体調が、
旧ナデシコAのエステバリスパイロットだと言うことはさらに知られていない。
スバルリョウコ、縁あってここに居る女性だった。

「ナデシコBとゆーちゃ、なんだ?」
『ユーチャリスですよ、コロニー査察部隊の。』 「わかってらあ。にしても、今日日珍しい色合いの船がそろったもんだ。」

FRXとスーパーエステバリスより派生した、Wが縦列進行している二隻を中心にして旋回する。
ユーチャリス艦首にはひときわ目を引く黒い機体が陣取って、対空砲と共に迎撃をしていた。

「火星での戦いよりは少ねえけど、それにしたって駐留艦が全部寝返るなんてな。
コロニー査察でも問題があったってえ言うけど。ヒサゴプランが黒幕なんじゃこまるぜ。」
リョウコのごちりは的を得ているものだった。

コロニー駐留艦と、補給、調査、定期点検などの名目で訪れていた艦は戦闘に際して、二つに分かれた。
火星の後継者を名乗る存在についたのは、統合軍だ。

もちろん全ての統合軍艦が寝返ったのでないと見るのは、統合軍全体が敵として存在しないということだ。
『ナデシコBとユーチャリスの両方から通信回線の常時接続を求めてます。』
「いいぜ。」

AIの通信ウインドウに口頭命令。
ウインドウが二つ映し出される。
『ユーチャリス艦長、アキト・ヘミング。』
『ナデシコB艦長のホシノルリでし、お久しぶりです。』

二人の連合軍将校をまえにして、リョウコは臆すること無い。
「統合軍アマテラス警護部隊、ライオンズシックル隊長。スバルリョウコ大尉だ。久しぶりだなぁ、るり。」
『はい、おひさしぶりです。』

『少佐と旧知の間であるし、省略する。貴部隊がこちらについたので、データリンクを提案する。
戦線としては、アマテラス内部をこちらは掌握できる状況にあり。

9隻の艦を後衛として突貫している。情報の共有は必須となるだろう。』
「そうつはありがてぇ。アマテラスからの信号は途絶して、内部通信アクセスもできねえんだ。」
『それは、ヘミング少佐の手ほどきでしょうか。』

『そうだな。揺さぶりのために、通信はハッキング済みだ。』
非難するルリの表情は、ひたすらに真剣だ。
ハッキングをはじめとする電子戦闘のスペシャリストとして、行動そのものに不審を抱いている。

コロニー内部のライフラインを制御下に置いたのは、彼らの命を手に握ったものだ。
ルリも行う行為だからこそ、アキトの行動に彼女は苦言をもらそうとしていた。

『初期からライフラインは確保していて、制御には手を加えてない。
内部後継者を隔離し、情報錯綜を狙ったのだから当然よ。』
ウインドウが新たに展開し、桃色の髪と金の瞳の少女が映し出される。

首に黒のチョーカーをして、褪めたような淡い視線をしている。
『アイ・ラズリ、ユーチャリスオペレータの一人だ。』
アキトの紹介にペコリともせず、ウインドウは消えた。


『我々が行うのは、囮であり背後へ向かう。背後を取ることだ。
あちらは貯蔵庫を手にしたとしているが、こちらが手にしている。

情報回線は破られていないから、接続は出来ていない。

だからこそ、理解の出来ない我々の行動に牽制するしかない。
ゆえに、背後を取るというのは、アマテラスを確保する布石になる。承知してくれるな。』
『はい。』
ルリの渋り答えに、リョウコはなんともいえない感想を抱いた。

だが、軍人としての判断が彼女を冷静にしている。
「こちらは了解だ。背後を取ろうにも、あっちは反撃してくる。
そっちの機体で先行して道は出来てるが、広がっちゃいねぇ。突貫工事したいんだが、いいか。」
『かまわない。』
「了解だほんじゃルリ。データリンク任せる。」
『わかりました。』
ウインドウのデータが即時更新される。

IFFは連合政府に付いた勢力と火星の後継者、そして中立判断されているアマテラス本体が表示された。
「じゃ、行ってくるぜ。」
ウインドウを消して、エステバリス隊が進撃を開始する。
向かうは艦隊背後へと連なる、FRXとWの一隊だった。



準備は順調と言えた。イメージングの具体化と伝達率。精神状況。
第5艦隊はひっそりと一群を月ネルガルドックに集結させ、補給と整備が行われていた。

新たに配属されたのは各艦に3人の火星慰撫部隊所属の軍人。
イメージメッセンジャー、別名跳躍師だった。
「ドクター、準備はどうですか。」

「順調よ。データ採集は幾度も行われているし、フィールド強度と出力の平均化はヒサゴプランがデータを作っている。
既に、あなたの配下はジャンプを可能とする艦隊になったわ。」
「それは、心強いですな。」

アララギは軽口で返した。
木連軍人として、科学者の成果や弁を信用するのは当然だ。
派遣された彼女自身の遍歴からも、彼女が指折りの科学者だと理解している。

「アマテラスに配置されていたのは艦隊といっても、三隻一組の最小艦隊です。
ナデシコBとユーチャリスの二隻は最新艦であり、我々の実働が必要か疑問なのですが・・・

ドクターは今回の作戦を如何とらえていますか。」
アララギの疑問にイネスは考えるそぶりすらない。
「答えは簡単。事が大きくなる前に芽を摘もう、っていうこと。」
「はあ。」

「小さなゴキブリが、大きくなって部屋を飛び回る状況で見つかるより。
小さい状況のうちに発見して、つぶすのとまったく同じよ。」

「理解は出来ます。ですが、人間相手に全てが「うまくいったら簡単ね。でも、そうは行かないでしょうね。」
イネスは組んだ腕でなんともいえない表情をしてウインドウを見上げた。

旧優人部隊が使用していたチューリップ通信機、その発展したものが伝達される手筈になっている代物だ。
存在を知られていなければ受信が不可能な、双方向通信だ。


「通信はなし、か。」『いや、そういってもいられないな。』
唐突に展開された通信に、ブリッジ要員の視線が注がれる。
通信先にいたのはダークブラウンを整え、メガネをつけた青年将校だった。

「アキト・ヘミング少佐。出撃タイミングですかな。」
『はい、アララギ中佐。現在アマテラス内部はこちらで掌握中。駐留艦隊は反旗を翻し、
一部艦隊が我が陣営についてくれました。

戦況はアマテラスを背後にした敵艦隊へ、ユーチャリスとナデシコBで突貫。アマテラス確保を狙ってます。』
「それでは、艦隊を。」
『殲滅していただきたい。許可権限はこちらにあります。了承済みで。』
「了解した。第五艦隊はジャンプします。」
データが転送され、宙域の物体像と視野、艦隊の展開状況が送られた。

『ドクタ、よろしく頼む。』
「はいはい、判ってますよ。」
メッセンジャーとしての思考リンクは、精神的な疲労が大きい。
個人で戦艦一隻を跳ばせるイネスだが、複数人で行うには互いの精神を共振させる負担がある。
「ジャンプ用意開始。フィールド出力前回、光学障壁を省略し各人タイミングに備えよ。」

アララギの号令にブリッジにウインドウが咲き誇る。
各員の了解を聞きながら、イネスはブリッジを後にする。

「タイミング伝達は上々。あとは、私たちのイメージか。」


「イメージング共振システム作動。」
イメージを開始する。与えられたデータはアマテラスが視認できる位置で、敵艦隊を見上げる位置。
視覚情報と、座標情報。状況についてのデータは随時連絡が行われ、空域に不確定要素となる物体はない。

専用のイスに座る。イネスと同様に、三人のジャンパーがイスに座って、ヘッドギアをしている。
脳波とIFS情報のミックスを機械装置にいれ、翻訳を行う。

オモイカネ端末が可能とした翻訳と、ボース粒子の通信能力が活用される。
「イメージング開始。」
ヘッドギアをして、各艦に散らばったメッセンジャーと通信ウインドウで語る。


「私たちは渡り鳥で、船頭。深く呼吸を。」


呼吸音は小さく、鼻から深く吸い、口よりゆっくりとはく。

「ジャンプ。」
唱和する言葉と共に、艦隊はジャンプして行った。