波紋



アマテラス司令部に赤い警告灯が点り、照明そのものの光源も落ちる。
ウインドウが警告文を展開、コロニーに致命的な欠陥が発生、空気の流出と、
コロニーそのもののバランサーが崩れているという警告。


「少佐はあまり良い気分ではないですね。」
ルリは表情をあらわにしていない顔を、オペレータブースにいる彼女に向けた。
自分というよりも、軍人の指揮官という立場は自身の思惑を表情としてはいけない。

表情に出さずに思案し、兵士を鼓舞して与えられた任務を限りなく犠牲なく遂行するという使命を与えられている。
「そうでしょうか、わかりませんね。」
すっとぼけて火星慰撫部隊より派遣されたナビゲータ、サクヤ・ヘミングに答える。

「わかりました。」
サクヤはルリの言葉を聞いて、納得したように答えた。

作戦の概要と内容は知っている。
彼が考えたプランを発表したのは、慰撫部隊がコロニー査察を開始して実に3つ目のコロニーを摘発してからだった。

サクヤ・ヘミングはナデシコBに配属されず、
ユーチャリスに必要ないナビゲータ要員とオペレータの任を請け負ったときだった。
摘発を受け、統合軍の軍服の男たちを艦内独房に収容する最中、
ブリッジに集っていたFAFからきた深井大尉とブッカー少佐。

ヤマサキ博士とイネス女史、そしてサクヤとラピスラズリの3人が集った中でアキトは計画を通達したのだった。
「最後まで行く。それもうまく。」
口に出して彼女は現実にそれがなることを祈る。

ラピスたちの能力と実力。パワードスーツ部隊の習熟度と場慣れに関して、彼女は心配していない。

体を妊婦の体から戻る際に引き締めたのは、スーツ部隊の基礎筋肉トレーニングへの参加だ。

彼らの肉体が持つ柔軟性と剛性を知っている。
そこでの訓練は、本当に初期のものだ。

だが、運動を適度に行っている人間にとって多少のきつさを感じさせるもの。
ゆえに、発展したそれの過酷さを耐え切った者たちへの尊敬と信頼の念を彼女は抱いている。
「でも、心配になるのね。」

彼女は無愛想で、それをできる限りなおした。
軍人として、母として、妻としての側面をうまく切り分けている。

だが、一人の女として夫としているアキトのことを心配し、
娘ともライバルとも取れるラピスと彼女の姉妹アイとサキの仕事がうまくいくことを祈る。

「計画通りに進むのが一番。でも、予期できないことが現実にはあるんだから。」
サクヤの乗艦したナデシコBはアマテラスに接岸し、ハッチをコネクトする。
全てがユーチャリスと同じく、IFSによる遠隔操作によるものだ。

アマテラス全域へのハッキングは、目視観測部隊の通信阻害と妨害によって発覚していない。
インの支配下におかれたアマテラスはナデシコを受け入れ、
資材搬入ダクトを接続して、人間が10名ほど入るコンテナを運ぶ。

そして、ハッチからはアーマー部隊の蜂が5名乗り込み、接続解除のシークエンスを開始する。

状況ライブウインドウの前面にもう一つウインドウが展開する。
蜂の一団が一人、有栖川みことだ。
みことはガードマスクに顔を隠したままで敬礼し、ルリへと口を開く。
「搬入はコンテナと、我々のみです。少佐、乗艦の許可を感謝します。」
内容は知らされていないが、しなければならないことは受領する。ルリはそう考えて応答した。

「いえ、護衛艦として当たり前のことをしたままです。どうぞ、ブリッジにいらしてください。」
「了解です。」
ウインドウが消えずに、縮小してサクヤの元へ向かうのをルリが見下ろし。サクヤはウインドウを受け取った。

上空から降りてきたウインドウは手のひらサイズになり、サクヤはみことの除装する様の通信をする。
「作戦は順調です。目視監視施設は制圧済みで、遺跡はサレナが確保しました。」
「了解。お疲れ様です。」


サクヤはみことの返事に安堵し、簡単に答える。
作戦の内容はルリに知らされていない。そして、連合政府に正式に通達されても居ない。

火星慰撫部隊のもつコロニー査察部隊としての特権。それが、コロニーへの強制介入である。

ハッキング、武力、会話。全てにおいて介入が許され、その公正さにおいて発揮する特権だ。
みことのウインドウが消え、ブリッジに平穏が戻る。

ナデシコBの隔壁よりコンテナが収納されるシークエンスが終了する。
「コンテナ固定完了。隔壁閉鎖終了。空気流入シークエンスはどうしましょうか。」
「結構です。コンテナはそのまま、戦闘パターンAに移行してコロニーより離脱します。」

ルリの命令に反論するものは居ない。サクヤはひとり、ルリが危機の訪れを心配しているのを察して、作戦の完遂を願う。


アマテラス司令部に赤い警告灯が点り、照明そのものの光源も落ちる。
ウインドウが警告文を展開、コロニーに致命的な欠陥が発生、空気の流出と、
コロニーそのもののバランサーが崩れているという警告。

周囲に展開していたソーラーパネル。
資材繋留などを目的としたブリッジが崩壊した様が映し出され、コロニーそのものも危機的状況だった。
「状況の報告と、被害を。」
アズマの鎮痛な表情に、オペレータは静かに命令に答えた。

「アマテラス中枢部大破。現在断絶ブロック間で隔壁を展開し、大気の確保はできています。
大破ブロックは12,14、15,ブロックの食料備蓄と兵器倉庫です。
アマテラス表層に展開していた砲戦フレーム200機のうち、60機が煽りを食らって大破。
人的被害は500をくだらないかと。」

「危機的状況だな。」
アズマは口を重くし、表情もまた重くなった司令室の認識を代表するかのように言った。


危機的状況は木連との戦争でもいくらでもあった。だが、食料の補給や兵装の確保はできていた。
地球だから、地つながりの地球であるからこそ待つことができ、耐えるということができた。


ここに居るメンバーは木連軍人が多い。彼らの大戦時の心情が彼には浮かんでいた。
酸素や食料といったものは計算によって管理され、消費も管理されている。
そして、攻撃にさらされ気づくまもなく戦死するという覚悟。

軍人はすべからく死ぬ覚悟を持ち、遺書もいつかのために用意しておく。
だからこそ、来るべき時が来たと感じるところもあった。

「これによって、武器の補充は不可能になりました。」
「そうだな、シンジョウ君。オペレータ、緊急救急ポットと停泊艦はどうなっている。」
オペレータの声に全員の耳が向かう。

「ポッド総勢二千のうち、790が喪失されました。停泊していた艦、アサギリ、ユウガオが中破。
ヨウコウとユーチャリスは所在とIFF反応が喪失しているため、大破したかと。」
「そうか。」
アズマの表情は沈痛だ。
コロニーが本来起こすことのない動きをとっているのは、体感してわかる。

普段からコロニーは構造体であるブリッジ共々回転してその姿勢を保っている。
だが、今はどうだ。ブリッジとの接続ケーブルが切れ、構造体そのものの回転が乱れている。

「施設兵装の生き残りを確認、システム接続領域までのコントロールを指令席に譲渡。
中枢オペレータ代表を3名選出しろ。悪いが付き合ってもらう。」
アズマの言葉に総員が不安な表情を浮かべる。

内心で抱くものが異なるものもいる、だが、この状況で彼の判断を無碍にできないというのが実情だ。


生きてその力を発揮する。
そうしなければ、火星の後継者は存在そのものすら知られずに去るしかないのだ。
「通信士は周辺の艦に救出要請通信。」
今もって、耳のイヤホンに通信が流れることはない。中枢部ブロック12、14,15といえば何があった。

遺跡補完ブロック、秘匿13番隔壁。そして、15ブロックには火星の後継者の収集しておいた備蓄倉庫と、
クサカベハルキの滞在していた本部司令室があった場所だ。

「総員、脱出せよ。」
「了解です。」
その場に居た全員が答えた。

アズマはコロニー損壊の状況ウインドウを見ながら考えをめぐらす。
ユーチャリスは大破した。いや、したのだろう。

臨検査察に訪れていた連中の通信が入ることはなく、中枢チューリップ牽引ユニットとの接続もなくなった。
彼らはコロニー内の行動自由が保障されている。大破ブロックに居たのなら、彼らの死は確実だろう。

「さて、こちらはどうしたものかな。」
コロニーの姿勢制御もままならない。構造体も破壊された。
「重力制御が残っているだけましか、いや、生きているだけでもか。」
アズマは一人ごちた。
状況は最悪だ。大破ブロックにあった物資の損失、コロニーそのものの損失。そして、人的喪失。
だが、行動は起こさなくては成らない。




「コロニー重力制御装置にて、擬似振動発生を成功。大破区画の制圧を終了させました。」

アキトはユーチャリス内でアイの報告を聞き、ブラックサレナのアキトとして遺跡中枢ユニットを見下ろす。
「FRX各機にて遺跡を確保している。順調だ。内部後継者の身柄は確保しなくても良い。勝手にやらせてやれ。」
「了解。」

アイはオペレータとして支持だしを行い、アマテラスはいまだ健在で、通常業務を行っている。
だが、これを終わらせるためには現実を見せなくてはいけない。

サレナが遺跡をつれたFRXを守護しながら区画を出る。狭い区画の中で、コンテナを抱えた機体が二機。 遺跡ユニットを確保した一機。
接続された人間3人を収容した一機。そして、一団の先頭に哨戒と迎撃を想定した一機。

真空空間においても生存可能なポッドに収められた人間たちは、銀色の体をしていた。
ナノマシンのコーティング。パイロットスーツやパワースーツのファーストフォームに使用されているものと同じだ。
だが、監視用のデータから細胞レベルでのナノマシン転化が行われているのがわかる。

「ナノマシン生物。同属か。」
ナノマシンが肉体の肩代わりを行っている。
遺跡と直結し、生体より発生するエネルギーや思念が全て入り混じり混濁している。

「もう戻れないな。」
アキトも同じことが言える生命体だ。彼女、彼らのことを哀れむような状況にはない。
だが、彼らの状況考察レポートや反応実験の結果を見て、IFS接続同様の接続をしてみるとわかる。
混濁具合は思念の分離すらなっていない。

自身が誰かもわからぬ、境界線を越えた融合した精神。拡散する意思と封鎖される世界。
「覗き込むのはやめたほうが良い、壺毒だな。」
FRXとブラックサレナはコロニーより離脱して接岸したナデシコBを脇目に、ユーチャリスへと向かう。

だが、一筋の重力波砲が彼らへと向けられた。
各機のレーダーが奔流を捕らえて警告を発する。ウインドウ警告は無く、電子音と赤い照明。
「各機散会、お客さんを落とすなよ。」

FRX各機が散会し、サレナがコンテナを抱えた二機に追従して、グラビティーブラストをそらす盾となる。
サレナはFRXとエステバリスW同様にバッタエンジン改を常備搭載し、さらに強化重力波アンテナを背中に背負っている。

チューリップクリスタルフレームを充電池とした、
スーパーエステバリスをさらに進化させ、ヤマサキの回収した後継者サイドの技術も詰まったものだ。
「ちっ、出力が低いとはいえ。」

二度目の警告。毒づくながらアキトはサレナでもって、護衛を続行する。

「連射か。」
コロニー付近でのグラビティーブラストの連発に、ハッキングされたコロニーの警告システムが動作する。
ポートに固定されていた艦のロックがはずれ、それぞれが出向を開始し始めていた。
「ラピス、状況は。」
肉体は戦闘に専念する。だが、もう一人の自分につなげて、アキトはラピスに問うた。


「ハッキングは続行中。コロニーの制圧は続けているけど、認識していなかったグラビティーブラストのせいで、
別系統のコンピュータから、安全確保コードが発令されている。
インのハッキングもいいけど、このままだとコロニーの内部隔壁が開放される。」

「ハッキングによる完全掌握とはいえ、まさかの事態。緊急システムには手を出さなかったのが甘かったかな。」

ラピスの緊迫した声に、アイの甘い声色の厳しい意見が続いた。
「現在停泊艦が緊急指令を受けて起動中。サブエンジンで航行し、相転移エンジン機動シークエンス中。」

サキの展開した状況ライブウインドウを見上げ、アキトはIFSをユーチャリスにつなげる。
「今現在をもって、サレナとFRXが持つ遺跡確保を最優先事項とする。
後継者のあぶり出しはもう良い。FRX各機はエステバリスを拾い、艦の防衛とナデシコの護衛補助。索敵を開始。」
「了解。」

ユーチャリスはポートから離れ、外縁ブリッジの輪を踏破する。
アイがウインドウを展開し、報告。
「敵は統合軍所属艦、ヨツユと判明。
ブリッジの音声データから艦長ナグモヨシマサが後継者と判断する。ライブ、しますか。」
作業を終えたアイの言葉に、アキトはうなづく。
「ライブを流してくれ。」
「了解。」
状況は最悪だ。だが、生存しなくてはいけないのは、誰も彼もが同じだった。



「第一波、二波を回避されました。」
「クーゲル30機出撃。現在遺跡確保へ向かっています。」
「コロニー内部の通信へコネクトできていません。」
「結構だ。」
周りの喧騒を掻き分けてナグモは艦長段に上っていった。

「遺跡の確保はわれらの最優先、アマテラス本陣に異変が無いことそのものが、現時点での異変。
各機、遺跡確保後にわれらは中枢に届かなくともプラン乙を発動する。」

「しかし、シンジョウ中佐が行うはず。「この状況をなんと見る。」
反撃の言葉を押して、南雲は断言する。

「遺跡の確保があってこそ研究が成り立ち、われらの優位性が成っていた。
閣下の意思が実行に移せぬ状況であるのなら、その分身たるわれらが行動を起こすまで。
閣下の意思はわれらの意思にして、閣下は意思の象徴たるものなのだ。」



クサカベハルキの思想はボソンジャンプを起点とした秩序の構築だ。
世界を一つにするには、意思それだけではままならない。
だが、物理的な壁を破る技術が生まれたのなら、価値観の変遷がおこる。それは、世界を一つにする足がかりになるはずだ。

「閣下の意思は我等にあり。ならば、閣下無くとも我等は進める。」
ナグモの言葉に理解はできる。だが、別の側面から見れば彼はクサカベハルキを不要といっているのだ。

「ナグモ中佐、了解しました。」
仕官一人の言葉で、彼らの方向は決まった。
各自に思うところはあるが、ナグモの言葉が現時点で正しかったからだ。

「結構だ。それでは、通信を繋げ同士を募る。通信が可能な領域は。」
「アマテラス内部へはできませぬが、駐留艦隊全てに行き届きます。」


「伝令は今でなくともかまわぬ。遺跡の確保を最優先とし、守衛部隊を引き下がらせろ。」
こちらの行動を把握しているものは、慰撫部隊のみだ。
ならば、観衆の目の前で遺跡争奪戦を起こそうというわけには行かない。

通信ウインドウに移るFRXとブラックサレナは出てきたクーゲルを迎撃し、
時にいなして回避行動をとっている。

戦況ウインドウにはエステバリスWとFRXの編隊が既に彼らの助成に到達しようとしている。

「ちい、クーゲルといえども後塵を拝する俊足か。」
ナグモの乗艦している艦は、一般的な統合軍旗艦に値するものだ。
こちらを旗頭として、アマテラスへ襲撃をかけるのか、助成を巻き込んで火星に本陣を置くかで彼らの行動は変化する。

さらに、遺跡奪取とアマテラスのヒサゴプランシステムを活用しなければ、現状で単体ジャンプはかなわない。
「考えろ。」
部下に伝わらぬよう、彼は口に出した。
「考えろ。」




「連合宇宙軍、ヒサゴプラン臨検査察団としてこの件を我々が納める。いいかな。」
ライブウインドウが消え、アキトは命令の声を発した。
「了解。」
声は返ってくる。幼い声も、大人の声も、等しく彼の決断を支持する。

「遺跡の確保を急がせろ。敵艦ヨツユは拿捕、無理ならば撃沈する。」
ユーチャリス艦内があわただしくなる。
エステバリスWとFRXは既に発信しているから、こちらから行動を起こすとなると、艦自体が攻撃を起こすことだ。
「バッタを射出し、艦防衛に。レイフはサレナのサポートにまわす。時間勝負だ。」
踏破した構造体を眼前へ捕らえるため、ユーチャリスが180度回頭する。

重力感性を無視することのできる23世紀の艦艇にあっても、最速といえる機動力だ。
「通信を停泊艦に接続。アマテラスポートの制御を。」

「了解。こちらから制御可能。」
「バッタの射出完了。艦周辺、敵影なし。ナデシコBは反対側へ出ています。」
「サレナ、レイフとの接続を完了。移送コンテナを受け取って向かっている。」
アイとサキとラピスがそれぞれに言葉をつないだ。

「通信をつなぎ、停泊艦に勧告する。」



ナデシコ艦内で、ざわめきが起こるのをルリは確かに感じた。
「敵意あれば撃沈する。ですか。」
「穏やかではないけれど、こちらがしなくてはならないことです。」
ハリの怒りと消沈を含んだ声にサクヤが答えた。

ルリとサブロウタは語らず、ウインドウのアキト・ヘミングの声に耳を傾けた。
現在通信が行われているのは停泊していた艦とナデシコBに限定されている。

アマテラスをハッキングしているアドバンテージと、
事件の全容を把握している慰撫部隊は惜しげもなくコロニーの内情。

エステバリスとクーゲルの戦闘。ヨツユにて行われていたナグモヨシマサの会話を提示した。
「彼らが行おうとしている行動は悪であり、彼らも悪であると理解している。
連合国政府に所属する貴官らは、理解しているだろう。
彼らは連合政府と地球、火星、木連の市民を死へと追いやる敵であると。」

ヘミング少佐の声に、いくらかの反論ウインドウが展開するが、彼は無視を決め込んでいる。
「市民の敵。無辜の命。」

「統合軍に彼らの親派が多いのは、ヨツユの映像で理解してもらえたはずです。
だが、ここで声高に言いたいのは戦うのが我々であって死ぬのも我々である。
だが、死と戦いに市民も巻き込まれるかもしれない。」
「守るべきものが多い。」
ルリはアキトの言葉にはさみながら、単語を列挙した。

アキト・ヘミングの通信ウインドウが消え、アマテラスポートより停泊艦が離脱を開始する。
「サブロウタさん、彼らはどううごくでしょう。」
ハーリーとサクヤは、会話をやめてルリの言葉に注目する。

「敵意有りとみなせば、撃沈すらいとわない。この言葉からまずは射程より離脱を図ります。」

「離脱してからの離反もありえますね。」
「はい。だが、ヘミング少佐の市民を巻き込むという言葉。これが重い。」


ナデシコBは軍艦としての意識に違いがある。それだからこそ、共感し得ない部分がナデシコにはあるのだ。
それこそが、軍人として死ぬ。一個人としての死を数として扱い、時に利己的になれる。
死が道をつなぐから死を正当化できる。

「軍人だけですむ戦いか、市民を巻き込む戦いかで、考えるものは大きく違う。」
「わかりました。

警戒態勢パターンA、エステバリス小隊出撃。当艦はユーチャリスの旗下として行動します。」
「了解。」

カタパルトよりエステバリスが出撃し、サブロウタもブリッジを出た。
ルリはブリッジ中央へとせり出したイスに半ば立つ姿勢で艦を統括する。
「戦いは始まりました。私たちは最善を尽くします。」
ユーチャリスより通信入電。ナデシコBは戦場に立った。