A級ジャンパーによって構成された部隊は総勢350人で、少数といえる人数だ。
火星の後継者の取り打る戦術は、火星慰撫部隊にとっても出来る作戦となった。

ミスマルユリカを使って、ボソンジャンプのナビゲートを行う実験は成功した。
すでにソレを使った訓練すら開始されている。活性化されている遺跡を用いて武装蜂起を起こす期日も決定し、
クサカベは腹心であるシンジョウやナグモに密やかなる歓待を持ってアマテラスへと入港していた。

「閣下、武装や食料備蓄はすでに完了しております。」
「うむ、たとえ1年の篭城があっても十分な兵糧。それだけでも心強い。」
通路は明るく、清潔感がある。今までクサカベがいた天秤の施設と同じく無味乾燥に思えるが、木連にいたときから変わらないものを彼は感じた。

意思錯綜



クサカベはコロニーの生活区画にその居住を移していた。
ターミナルコロニー、アマテラスは現在設置されているヒサゴプランのコロニーにおける中核として建造された、
最も巨大なコロニーである。木連の居住コロニーであるガニメデ、カリスト、
エウロパに比較すれば半分に満たない規模であるが、完全人工コロニーとしては戦後最大規模と言えるだろう。


「収容人数は三千。武装備蓄も3ヶ月は保持できます。」
シンジョウの頼もしい言葉に、クサカベはうなずき表情を緩めない。

「不測の事態における予防は講じた。だが、実際にことを起こした後に我々が起こす事こそが、要となる。
連合政府への直接攻撃、すでにあちらも我等の行動を読む状況は出来ている。」

火星人よヤマサキ博士の脱出によって、こちらの目論見は露呈している。
ヤマサキという男は火星の後継者にとって、非常に都合が良い人材であった。


彼は優秀であり、秀才であった。


機動兵器の開発と医療系統技術への明るさは、ボソンジャンプ解明と兵器開発への進展に貢献した。
クリムゾングループより派遣された人材の、エースと言えるヤマサキヨシオだったが彼は敵であった。

そして、彼がこちらで察知するよりも狡猾に大胆な行動を起こした。
敵ではない存在が、敵になってしまったというクサカベは感じていた。

「彼を動かしたのは、テンカワか。」
行動はいつでも起こせた。だが、行動を起こさなかったのは、彼にその気が無かったといえよう。
だが、彼は行動を起こした。

ならば、きっかけが無くてはならない。
ヤマサキの行動をレポートから見ると、彼はテンカワアキトと接触してからこちらの意図しない行動を起こしている。

「彼奴こそが火星慰撫部隊を動かす意思であろう。
ヤマサキを動かし、連合政府を引き入れ我等にはむかってくる。」

「すでにターミナルコロニー4つを査察対象として、手勢が鎮圧されたのはいただけません。
ですが、行動を起こした後に、我等に賛同するものも多く居ましょうぞ。」

ナグモはデータを表示させる。
ウインドウに乱舞するのは統合軍所属の旧木連軍人たちの、現状と心理状況だ。

統合軍への感情は満ち足りているといっていい。だが、連合政府への不信感も彼らは抱いている。
無くなることの心配が無くなった祖国は、彼らの心情を和らげている。だが、戦争という決められた

方向性の行動しか行ってこなかった彼らにとって、資本主義と社会主義の両者を選択する
過程をへて、現在もなお地球一個のリーダーとなりえていないのもまた、疑問が残った。

なぜ、弱者にも配慮した世界でなお世界はひとつになっていないのか。
資本主義の中に生きることとなった統合軍もまた、その規模を大きくすることが出来ないで居る事実がある。

もともとが連合宇宙軍も、未知の敵勢力との接触と戦闘を予見しての防衛組織として設立されたのだ。
地球内外での戦争など、もともと政府が税収をプールする詭弁にしか過ぎない。

統合軍が規模を大きくしすぎ得ないのは、強大すぎる武力をもって連合政府に楯突かないようにする予防策だ。

クサカベはそれを理解している。そして、だからこそ長期決戦のために雌伏した。
火星大戦終結より4年が経過している。秩序の体系はそろい始め、統合軍の軍人たちはヒサゴプランの運営
管理の名目を作ることによって、規模の拡大とともに増員と安定を得た。



連合政府を根本から破壊しようとするのが、彼の本意ではない。
この政情、状況を作り出したシナリオライターなど居ないが、予見して方向性を作ったのは彼だ。

木連の者達はいずれ火星へと入植を決定する。いつまでも大地の定まらぬ、大気を人工で作り出すテラフォーミング
ユニットから供給される酸素によって維持されるコロニーでの生活は続けられない。

たとえ、人類の反映より以前から微々たる活動を続けていたオーバーテクノロジーで有ってもだ。

反連合政府は現在、連合政府と反目する形で別離しているが、彼らは連合政府とのすり合わせが出来ない、
取り付く島も無く蚊帳の外に追い出されている形となっている国家群だ。


彼らの主張は世界の統一における自由性の、あそびの少なさを多くするというところに集約する。


資本主義と社会主義の摩擦から生まれた折衷案である、協調資本主義などというものは、連合政府が
発足するときに学会と政界が入り混じって提唱された、世界がひとつになるための答えのひとつだった。

宗教の観念はそのまま、格差の大きくなりすぎた社会を、一度均すための所得一時国家返還。
当然軋轢もあったこの返還は、ある程度の成功と失敗を内包して終わった。


連合政府もまた、甘い蜜を得る部分を持って個人への資産返還が行われた。
一部の宗教関係者や、特権階級、大企業のものにしこりを残しつつ。

利権を奪われた強欲なものたちは、除外された。宗教に関する観念の行き過ぎた者もまたしかり。


独立国家の体裁をとり、天秤の名前を持つ国家として、クサカベを一部支援している者達がいた。
多国籍人種から成る知能者集団であり、母体は旧シンガポールとする。


現状として連合政府ユーラシア支部部長であるアフメットもまた、この国家から連合政府へと出向している身でもある。
「人が変革をなすときに、犠牲は必要とされるものだよ。支援してくれている天秤たる彼らはそれを理解している。




だからこそ、我等が今なお人体実験を行っているのを一部黙認している。
もっとも、こちらが詳細を送れば支援は終了だろう。」
「天秤は世界を見据えております。
我等とて試されているもの、ただ一度の機を逃すわけにはなりませんね。」


クサカベの主張にシンジョウも答える。
ただ、ナグモの苛立たしそうな表情が火星の後継者の本質を顕している。

火星の後継者内にクサカベんも主張する、ボソンジャンプを完全管理した、
調和の取れた社会を夢想するものは8割に及ぶが、一割が中庸でもう一割が過激派と成っている。

連合政府をつぶさずに形骸化させ、傀儡と使用という考えはクサカベも抱いた案だ。
いづれは天秤の地と極冠を二台拠点として、弁論と情報発信を行い社会の是正と進歩の啓発を行うのが、彼の内にある。


もっとも、士気の維持を考えて人体実験に関する情報は規制されている。
そして、ナグモはクサカベに半身の疑問を抱きつつもその情報を知りえた者の一人だった。

内心に彼の主張を理解している。
だが、木連においてのクサカベを知るナグモは無知であった過去を脱却した己の信奉する男への疑念を抱いていた。
ゲキガンガーの民意統制は、木連百年の歴史において三十年目から行われたものだった。




盛者必衰の理を打ち破る熱き意思の尊さ、敵にもまた事情のあるという異文明同士の敵対と交流。
そして、己の成長と仲間との信頼関係。すべてが人間にとって未来へ進む道しるべだった。
敵との交流が、未来の地球人たちとの交流を予見した高官のイメージに起因したからこそ、ゲキガンガーは選ばれた。


だが、六十年の年月を経たときに物語には欠落が生まれた。そして、ゲキガンガーが伝えるべき道は曲がった。
ただの道しるべ、唯の娯楽であるアニメーションは世代交代とともに信仰する対象へと捻じ曲げられた。

ナグモは、現在に生きる捻じ曲げられたゲキガンガーを見た者たちの中で、それに侵略と力を見た。
圧倒的な力は、正しいほうにあってこそ生きる。

かつてクサカベの抱いた思想を、さらに凶暴にさせたのはほかならぬクサカベの行動だ。
悪である人体実験を行い、死をものともしない不屈の意思。正義のための悪になるとクサカベは説くが、
彼にしてみれば、悪を踏みにじり繁栄をもたらされる相手は、我々であると思ったのだ。

アマテラス司令部ブロックの、一室でクサカベとの邂逅を辞して艦艇へと戻る。
「悪と成るものが居るのであれば、正義と成らねば成らないものが居る。
閣下、あなたの意思は私が継ぎましょう。」
ポート番号の案内表示に従いながら進み、口ずさんでみた考えはそれほどに悪い物ではない。

口先で転がした言葉は甘露で、彼は口だけで笑みを浮かべた。







「さて、どうしたものかな。」
右手の義手を撫でさする。無機質なもので構成されたものだが、アキトは失われた欠落をそれにみる。
義手を欲したのは体内循環機構が滞り、肉体にかかる負担を下げて現状を維持するためだった。

テンカワのように武装を仕込む必要は無く、稼動を始めれば物質世界において干渉することはたやすい。
ヘミングとして生きるようになってからは、
特に奇抜な行動はせず、ラピスやユキ、サクヤと風呂をともにすることも無い。

もっとも、出産を終えて人心地ついたサクヤは19歳と成った身で、風呂に入ってくるというのがあるが。
軍務に勤めるようになって、しなければならないことを見定めたからには、走り続けなければならない。

世界の秩序などというものではない。
遺跡の発信する信号の停止と、遺跡そのものへの干渉を行うのが最終目標だ。
そして、家族と火星慰撫部隊が生き残ること。

「実働実験を開始。マスドライバーにて射出を。」
了解がウインドウ越しに帰ってくる。ブラックサレナの名を持つ追加装甲をまとった兵器は、

形態を飛行に特化したものとなって、マスドライバーに乗せられていた。

マスドライバーは惑星間での物質輸送コンテナを射出するものだ。ユートピアコロニーに建設されたこれも、
物質輸送を前提に考えられているが、
小さいのはシャトルから、大きくは戦艦まで発信の際に補助する使用方法がある。

「ブラックサレナ、異常なし。バージョンFにて起動。マスドライバー起動良し。発進する。」
右手に関しては、ブラックサレナからリモデルした機体を完成させてから復活させることにする。
今回は、FRXシリーズにも引けをとらないじゃじゃ馬に取り掛かる。

緩やかな速度上昇。マスドライバーの補助を駆りながら、今回は成層圏を突破して大気圏での航行と、
上空で待つエステバリスBとの戦闘実験だ。
FRXの運用プランから生まれた、高機動モデルであるBは慰撫部隊で
開発、実践導入されたもので、今回の戦闘によって両者の真価が問われる。


開発される機体というよりも、ブラックサレナから得られたデータによって作られる機体は、
現在慰撫部隊で使用されているエステバリスBの発展系を考えている。

まずはデータを得なければ成らない。

慰撫部隊で分離運用を考えて作られたのがFRXとエステバリスBで、
ブラックサレナはその合体形態であるエステバリスFと成る。
近接戦闘であるBとは異なる飛行戦闘を主体となるFに、ブラックサレナはどのように対応すれば良いのか。

「軌道上を通過。大気圏へと上昇中。Gが強いな。」
エステバリスFでもGは感じることが出来るが、ブラックサレナ高軌道形態では加重が激しい。
体がきしむ感覚は、久しぶりすぎするエステバリス搭乗に似ている。
初めて宇宙でエステバリスを運用したときの戸惑いが、生まれてくる。

「戦場でよく生き残れたものだ。」
過去を振り返り、自嘲する。初めての宇宙空間戦闘は、本当に始めてで三次元空間での戦闘は、
IFSより感じる孤独の感覚だった。


「だが、ソレもまたいい。」
体は変化した。人間ではなくなったというのは、構成素材と知覚能力に関したことだ。
感覚の変化は人間の進化とは異なる。変化と言える。
ウインドウにエステバリスFが接近してくることが表示される。
三次元表示は現在ユーチャリスとナデシコBに搭載されているウインドウボールに似ている。


体ひとつで浮遊している感覚だ。

「さあ、どうするか。」
FRXにジョイントされたエステバリスBが接近してくる。
猛禽類の運動行動が可能であるFRXが、鉤爪でついばむようにつかみかかかる。

ディストーションフィールドに接触して、瞬時に切り裂きパイルバンカーを打ち込むのは、
開発に携わるアキトは理解している。ブラックサレナのフィールドで高機動で振り切る。
バランスすら取れていないために、IFSによって脳内接続を行って感性航行。
ターンして感性制御のために取り付けられたテールバインダーを叩き付けた。



泡を食う様をみながら、互いが航空機としての戦闘を行う。
「まったく、両方良いところ取りしようとしていたんだな。」
ネルガルの貪欲さに嘆息しながら、簡易ユニットをパージ。


人型戦闘を行う。

エステバリスBもパージして近接戦闘を仕掛ける。
「人型は、つらいな。」

強固なフィールドによって防ぎ、身動きの難しい手を動かして高出力ビームを放つ。
高出力ビームの有用性は、ネルガルの実践テストによって証明されている。
火星慰撫部隊の勢力は現在、連合宇宙軍と、ネルガル、都市防衛に分散されている。
そのなかで、公名活動を行っているのが都市防衛と、ユーチャリスとナデシコbの査察部隊だ。



だが、表があるのなら、裏もなる。連合宇宙軍に新設部隊として、ナビゲートチームを配置、
現在は艦隊での実践訓練が行われている。また、ネルガルとチームを組んで行っているのが、火星人の救出作戦だ。

イリーガルに存在する研究施設の探索はネルガルと宇宙軍双方で行い、実際に武力介入を行っている、
ブラックサレナは、その高軌道を武器に、実践投入されてたけ意見も持つ、立派な戦力にもなりえたのだ。

だが、それでも殺人的なGを発生される機体は乗り手の能力と身体能力に大きく左右されるじゃじゃ馬だったがゆえに、
研究実験体としてネルガルから運用の打診が行われたのだ。

「だが。この力強さはいい。」

エステバリスすをせり押しながら、アキトはこの機体の能力に笑みを浮かべる。高機動を売りにしたのは正解だ。
エステバリスなどの人型兵器は、おもちゃの扱いを受けていた。
本来は航空機体などが主力を張っていた分野だ。当然ともいえる。

ビックバリアを守護していたデルフィニュウムは、
宇宙空間での活動と繊細な操作性を持った手があったからこそ、あそこまでの立場になったのだ。
作業用としての人型は有益だが、飛行に関しては空気抵抗などの問題がある。


これは、ディストーションフィールドや大気圏外活動などで解消しているが、どうしても考えにあがってしまう案件だ。
それでも、ブラックサレナが搭載したエンジンユニット。
チューリップクリスタルのエネルギーフレームが一対多数を想定した能力に箔をつけた。



エステバリスB12機を相手にして、ブラックサレナを駆動させた。
結果は、フレームの結合部分の損壊と追加装甲の剥落によって4機に包囲され、降伏すると言うものだった。
「フレームの磨耗具合がすさまじい。機動に耐えるために、推進時の挙動ロックを欠かさないのはそのためか。」
機動時に感じたのは、不自由な飛行だった。

ブラックサレナという追加装甲がもたらしたのは、高機動と高出力の力押しだ。
だからこそ、機体の挙動よりも飛行性を高め、一秒にも満たない時間に機体の姿勢がロックされるのだ。

「格闘戦を前提にしないで、高級機都市亜他方がいい。だが、エステバリスで総合的に
目指そうとしたのが、ネルガルの失策だな。」
アキトはそう判断して、エステバリスBに牽引ワイヤで引っ張られる機体コックピットないで肩から力を抜いた。



殺人的なGは、体の組成を変じた彼にとってもきついものだった。
本来高速で移動する必要の無い肉体は、チューリップクリスタルに含有するエネルギーの循環を行う
コネクタも無い為に、純粋に人間としての能力で制御するしかなかった。

「チューリップクリスタルを鉱石として捕らえてるんだから、そういうものか。」
「機体をこのままユーロピアに搬送します。損壊の具合がひどいですが、こちらに乗り換えますか。」
ウインドウに蜂のスーツを着た部隊長が写る。
「いや、フィールドの維持は可能だから、このまま大気圏突入していい。」
「了解。」



ウインドウが消えた。
機械の駆動音とともに、自分の心臓がやけに高鳴っているのを感じる。
「さて、」
右手の義手をはずす。



かりそめの心臓は延々に動きを止めず、真の鼓動が腕を鋳造する。
青の血液は形骸をなし、光をもって命と祈りを込める。
長らく無かった右腕の感覚が生じた。



「もうすぐだ。」
ブラックサレナの改修プランは既に出来上がっている。実際機動テストが出来なかったのは搬送時に
通常航行とジャンプで偽装のための時間がかかったからだ。
「もうすぐ。」
後3ヵ月後にターミナルコロニーアマテラスへの査察が行われる。
既にユーチャリスは武装改修を終了し、処女航海を終えた艦は一定の完成を見た。

エステバリスBの生産ルートも構築を終え、週に10機づつロールアウトしている。

「終えるさ。」

一年の経過がこれほどに長いと感じるものではない。永劫の時間からみれば、人間の時間なんて芥子粒だ。