起つ者達

輸送船が一隻火星ユートピアコロニーに降り立ってくる姿を、二人の青年は見上げた。
どちらも同じ容姿をした、まるで双子のような彼らの違いは全く無い。
ただ、髪型と服装の違いによって彼らは違うのだと知ることができる。

二人とも、同一人物であるかのような錯覚を起こすかも知れない二人だ。
「到着したか。半年分の資材と食料の供給。持久戦はできないだろうが、備えておいて良いだろう。」

火星慰撫部隊を統括する、アキト・ヘミングは言った。
火星の後継者たちとの戦いは持久戦になる。火星の大地で戦闘が行われる。

行うことを念頭においていたアキトは周到にならなければなかなかった。
士気の問題は、実験という過酷な日々が通過儀礼となって自然に解決していた。

だが、物資など物質的な問題として、火星に基地を作り上げることを考えた時に、
無理を通さなければならない状況になるのは理解できていた。

ムネタケヨシサダとアフメット・セラップ、連合宇宙軍と連合政府という強大なバックアップがついたからこそ、
ここまでたどり着けたということを二人は理解できていた。方や人間から外れた存在。
方や人間の心を持ったままで抜け殻となった肉体に凶器を詰め込んだ男だ。

二人がそれぞれに独立した存在でありながら、アキト・ヘミングとテンカワアキトは同一の存在としてあった。

「搬入され機体、あれをどうするつもりだ。」
「ああ、あれか。」
テンカワに振られてヘミングがウインドウを表示して答えた。
「追加装甲ブラックサレナとエステバリススペシャル。基礎フレームにエネルギー保持が可能なチューリップクリスタル
を使用したとんでも兵器。航空機、人型機動兵器と明瞭に区別のできぬパイロットジャンパー用の実験機か。」


「エネルギーの供給方法が分からないのに、使ってみたというのが人間らしい。
ネルガルが初期からチューリップクリスタルをバッテリー装置のコアと出来ないか画策していたのも原因か。」
チューリップクリスタルの存在が初期からボソンジャンプという時空間跳躍のキーになるとは分かる筈も無い。
初期は装飾品として、組成の具合から集積回路や研究として進められていた光エネルギーの触媒として研究が行われた。

最初こそは、エネルギーの内報力と保持性に注目が集まっていた。
だが、ボソンジャンプという技術が偶然にも発生し、実験機材を研究所内部で空間移動したことから事情が変わったのだ。
空間を移動する技術は、運輸産業の根底を覆し、宇宙進出への足がかりとなる。
ネルガルは、チューリップクリスタルを独占してエネルギー研究への重点をはずした。

「あちらの注目は問題ない。もともとがエネルギー体の潤滑装置だったんだ。
固形になっているのは一定の活性パルスが無いから。
ブラックサレナは、最も俺たちの望んだ形になる機体の原型になる。」

「じゃ、作るのか。」
ヘミングの嬉しそうな声にテンカワは聞く。
「ああ、この戦争を一切合財終了させる戦力が手に入った。
人間じゃない俺の、使える手札のなかに出来たジョーカー、使わぬわけにはならない。」

いつかは消える運命にあるテンカワアキトは、ヘミングの冷静な声にうなずいた。
覚悟は出来ている。いつか自分という個が無くなるという時。そのときに心残りが無いようにする。
アキト・ヘミング、自分を運用する者であり自分自身。心配はあったが彼の様子を見て、テンカワアキトは安心した。

「ほら、迎えがきた。」
小さな影がユーロピアコロニーの中、唯一の丘であり草原地帯を登ってくる。
黒に銀を内包したような髪に、クォータのような端麗な容姿をうかがわせる幼顔。
「ミゾレか。」
「行ってやれ。ブラックサレナのテストと、新規機体の開発に関しては追って報告する。」
背中を押され、アキトは息荒く上ってくるミゾレの元へと歩み寄る。
いつか自分はアキト・ヘミングとなる。そして、テンカワアキトは消え去るのだ。
ミゾレは決められた未来のことを知らない。自分が作られた、機械を内包した真なる人外であると。
「アキト。」
ミゾレを見下ろしたあとで、抱き上げてみる。
「何だ。」
視線が合う。
「なんでもない。」
ぷいとあさっての方向を向いたミゾレ。アキトは彼女を反転させると、自分の首に跨らせる。
「お前、重くなったな。」
「うん、成長した。」
後ろで自分(アキト・ヘミング)が笑っているのが分かる。いつものような、冷徹ではない心からの笑い。
なぜならば、自分もまた笑っているからだ。



「おじょうさんがた、何を見ているんですかね。」
火星ユートピアコロニーの慰撫部隊駐屯基地にて、
ユーチャリス強襲部隊「蜂」に所属する有栖川ミコトは護衛対象であるラピスとアイに声をかけた。
「ん、ニュースをちょっと。」
表示されたネットワークニュースは多岐にわたる。言語の違いがあるが、一瞬の後に訳されたものが表示される。

火星慰撫部隊では、日系人とアジア系、欧米系の入り混じった人種で構成されているが、
火星に移民してきた当時の情勢が、このような状況を作り出している。

格差の是正に失敗したアメリカと、人口の肥大化したアジア。
経済の中心から緩やかな低迷を続けていた日本は、火星の新天地に自身の活路を見出した。

火星慰撫部隊では通常語は日本語と英語の混じったものとなる。日本語を使う者は多言語に適応する事ができず、
英語もできるアジア系民族が次第に、日本語と英語を主に使うこととなったからだ。
「地球圏で流通しているやつですか。懐かしい感じもするやつだ。」
除きながら、彼女の口調は交互に変わる。

雰囲気すらも口調のみで変わり、男性と女性の人格交代が行われる。
男の補助脳ネットワークと女性の本来の意識が共存してあるのだ。
実験体は6名、そのうちの生き残った2人のうちに彼女があげられる。

さらに、動座博士の行った実験は肉体面での試験だけではなった。

披験体となったミコトは、脳内にある補助脳ネットワークにほかの男性から取り出した情報を移植させられたのだ。
そのために、彼女は意識の片隅にある男性面が口調と肉体に現れる。
火星ネルガル支部で働いていたテストパイロット、実験でなくなった彼の意識が肉体に時として宿るのだ。

その間の記憶も意識もあるが、再現されるテストパイロットであったジェイの意識を彼女は受け入れることにした。
女性として男性の精神があるような気分は余り良くない。
だが、自身が慰撫部隊に所属する上で彼女の技量がプラスされ、人生観すら広がったからだ。

「懐かしいの。」
身長153センチとなったラピスは、身長166センチの身を乗り出す彼女を見やった。
ラピスからしてみれば、何時も見ている情報群でしかないが、
見慣れたものにとってはデザインで分かるのだろうと察したからだ。

「ええ、火星から逃げてから地球で生きていたんで、地球から出向していたから。」
「どっちがいいたいのか分からないよ。」
「これは失礼。でもラピス、そこは気にしてるんで御勘弁。」
覗き込んだウインドウには統合軍と連合政府間での出来事がスクープとされている。

「統合軍の独走、牽制としての連合軍増強。関係企業の暗躍か・・・と。」
どこかで見たことのある通路で抵抗する統合軍の軍人の画像や、
連合政府と統合軍のおえらい面々が会議するさまが乱舞する。

連合宇宙群艦隊は慰撫部隊のコロニー査察によって明かされた、統合軍の疑惑によって縮小の一途を留めている。
本来は味方として存在し、擁護していた存在の疑惑に、議員のうちで良識派と穏健派が待ったをかけたのだ。

前回行われた査察の部隊であるシラヒメは、今までのターミナルコロニーとは違うことが事前調査で発覚していた。
搬入資材の内で、研究する分野の違うものを運んだり、予定量より多くの物資が運ばれていたからだ。 だからこそ予定しなかった強制介入を行った。
施設占拠や、情報の強制開示が行われたことに統合軍とクリムゾングループから正式に抗議文が出されたが、
世論は彼らの情報機密の強制開示を許さなかった。


連合政府からは正式に強制開示における謝罪を行い、政府帰化にある施設としてあり方を問題視する意見がだされた。

シラヒメにおいて反抗を起こした一部勢力には、コロニー自爆行為に走った者がいた。
査察団である慰撫部隊は、武力でもって彼らを制圧。
現状を鑑みての独自特権を使いコロニーを占拠、徹底検査がおこなわれた。

この事件を世間は公平な目でもって見て、 連合政府も民意に沿う総意として統合軍の軍備強化に対する停止案を議決したのだ。

「これで、敵は準備を邪魔されたわけだ。」
「統合軍へ懸念が出来た。こちらでも良いことがひとつ。 救出された火星人は15人。非公式にこちらで確保して預かっている。」

ラピスは知っている言って、ウインドウを表示して何かの設計図やデータとの格闘を続けていたアイに続いて開始する。

「で、何をしているんですか。」
ウインドウ上では情報の伝達と、画像の変動が行われいてる。
厳ついエステバリスが存在する画像を見る限り、新兵器なのかもしれない。

「アキトがアマテラスにて使用する機体の調整と改良点の列挙。」
「あまりにも特化しすぎた機体なので、機体の偽装として採用してこちらで受け取りました。」


アイの端的な答えになるほどと思う。
ウインドウに表示されるのは、ネルガルマークのコンテナだ。
内部から取り出されるのはエステバリスの部品らしい。
もっとも、この画像がリアルタイムというわけではないので、開発に供されたのだろう。


「大将の機体か。それじゃあ、ご執心だ。」
アキト・ヘミング少佐の評価は火星慰撫部隊の中で中堅と言ったところだ。
彼の存在は部隊の行方を指し示すひとつだが、ヤマサキが今のところ部隊の指針となっている。

当初より憎悪であった相手を信頼するのは難しかった。
だが、アフターケアによって、彼の評価は部隊内でイネスフレサンジュを抑えて高い。

それでも、彼らが膝を折って従うのはアキト・ヘミングだった。ヤマサキの好奇心の対象、
噂にだけ流れる、ボソンジャンプを始めて成功させたテンカワアキトのクローンだという彼。

彼に親愛と忠誠を向けるのはヤマサキとイネスだけではない。
彼の家族であるサクヤとマシンチャイルドの娘たちだ。

「大将のことになると、マシンチャイルドは躍起になるものなのね。」
ミコトは部隊に所属した後に、蜂へと所属した。ユーロピアコロニーにおける高官護衛部隊。
そこで、彼女はラピスたちとアキトを見てきた。
だからこそ、アキト・ヘミングに感じる違和感が何なのかを思い至れないでいる。

人間の気配というものを感覚的でしか人間は知覚できないが、アキトに関しては人間とは異なる感覚を感じるのだ。
人間の体裁と人間の心理を顕す人間に思えない存在。

慰撫部隊でも存在を知るものが少ない、テンカワアキトと瓜二つの青年がコロニーにいるというのだから、
アキト・ヘミングに関しては謎は深まるばかりである。
「人間じゃないなら、なんなんだよ。」
一人でごちる。ミコトから見た彼は、得体は知れないが信頼に値する人間だった。


「ナデシコBの点検はオールグリーン。AIオモイカネのストレスレベルは1で上々です。」
「結構、サブロウタさんからはエステバリス隊の具合はいかがでしょうか。」
ハリの報告を聞きながらルリはサブロウタと、彼の引き連れたエステバリス部隊隊員を見遣る。

ナデシコBは火星ユートピアコロニーに、ヒサゴプラン査察団である慰撫部隊とともに駐留することとなった。
地球とは勝手が違う重力下で、ドッグ自体は完全連合宇宙軍の管理下におかれた、戦闘行動すら可能な要塞都市。

旧ユーロピアコロニーの地下シェルターを改装した、6隻の艦艇を収容できるドッグに身を横たえたナデシコB。
そのブリッジ内で、クルーの現状確認をルリたちは行っていた。

「習熟度はまだといえますが、慰撫部隊よりの出向組みには目を見張りますね。」
後ろにいる隊員は実力を自覚している、そのことを慮ってのサブロウタに不満を表すものはいない。
ただ、自身の実力が及ばない悔しさをにじませる者がいるだけだ。

「当初はなかったはずのセクションで、出向して来た者が多いから仕方がないでしょうね。」
サブロウタは彼らのことを分かっているからこそ口を開く。
ナデシコBは試験艦として、エステバリス部隊の所属予定はなかった。
だが、実地に連合政府直下の査察団護衛をするための増強が行われたのだ。


統合軍のライオンズシクル部隊の召集をネルガルは提案したが、寸前のところで拒否され、
火星慰撫部隊と新人の訓練を終えた者の混成部隊となった。
「まあ、最初から見れば搭乗時間も伸びたし空中戦も慣れてきました。」
「そうですね。」
サブロウタのフォローにルリは頷かずにはいられない。

「ナデシコAにおいては一度もエステバリスを操縦したことがないのに、戦線に参加した方もいます。
あなた方も、その方のように生き残れることを私は望みます。」
ルリは新人パイロットを見渡していった。
慰撫部隊の者たちは、その声を考え深げに聞いて一人の人物を思う。

テンカワアキト、ナデシコAのパイロットにしてボソンジャンプを成功させた者。
彼の存在は火星人に暗い影を落とした発端にあたり、彼の犠牲が研究所からの脱出に一役買っている。
憎むべき存在にも、救いの主とも言える男。
彼の存在を、慰撫部隊はナデシコBにおいて話題に上げることは禁じられていた。



「閣下、宣戦布告をしかとお伝えしました。」
「結構。」
北辰は片膝をついた礼の姿勢で、自身の支持するクサカベハルキを見上げた。
統合軍構成において、クリムゾングループとともに暗躍を続けてきたのが、旧木連の過激派と呼称される派閥。
現在は火星の後継者という名前を冠しているが、真たる後継者が彼らに牙を剥いていた。

「長かったな。」
「はっ。」
感慨深げに施設中央に安置されたキューブを見上げる。
金色の、幾何学模様が施されたキューブこそがボソンジャンプのブラックボックス。遺跡。

ボソンジャンプを初めて木連が知ってから、クサカベはその危険性を感じていた。
「ボソンジャンプはこれからの世界にとって、有益になるか、無益になるかは人の世による。
だが、新たなる力は戦火の種火となるのが必定だ。

そのためにこそ管理、掌握しなければならない。」
「そのために、手段を選ばずに行動なされたはずです。」
クサカベの声には弱気が滲んでいる。だからこそ、北辰は彼を肯定する。

彼は外道へと身を落とした者。幼少のころより武道を叩き込まれた後に、徹底的に砕かれて暗殺者として育成された。
人としての倫理はなく、人をどのように破壊するかを教えられた。
暗部である彼らは木連の闇に消え去った者たちを送る船頭だった。
だからこそ、クサカベという男の意思を受けて動いている。

彼の行動に、ではない。意思の強さを北辰は信に値すると評価している。

その彼が弱みを見せるのは、彼にとって信を揺らげるものなのだ。
「やってきていた事の正当性に私は揺らがぬ。だが、世界という多数の意思は私として重いものなのだ。
北辰よ、お主もそう思わぬか。」
北辰はその言葉の意図を読めることはない。
彼が進む道に他意はない。ただ、自身の信ずる道を進むのみであり、木連を永続させるために教育された。
ゆえに、永続は反映となりて彼の意思に木連が息づいている。

「は。」
肯定をする。だが、心のうちで進んできた道を振り返る男を卑下もしていた。
進んだ道を後悔するのは、行動を起こしたものに与えられる供物なのだ。
それを受けてなお、意思を貫くかは個人の克己にかかってくる。

「私には判断しかねます。己が道を来た後悔はまた、自身が作り出した結果への感傷なれば、甘んじるが人の術かと。」
「結果は要因を作り出したものに付いてくる。ということかな。」
「はっ。」

北辰の考えは常人ならば理解のつかぬところにある。もちろん、クサカベが常人ではないわけではない。
大勢の人間の犠牲を強いても己の戦いを始めた瞬間。和議を踏みにじった瞬間から始まった、

連合政府への正式な戦い。それを誰よりも最初に開始したのはこの男だった。
信念を抱き、行動をしたクサカベは彼の声にも理解があった。
「それもまた結構。外道と罵られ様とも、わが行動に理あり。」

彼の目の前にコロニーの全景が広がる。ターミナルコロニーのように宇宙にあらざる、火星に根を下ろすコロニーだ。
アマノイワトと呼称される、火星極冠遺跡に建造された人口の建造物の姿だ。
円錐を上からつるしたような窪地にあるコロニー。火星の後継者が本拠地となる、統合軍の軍勢がひしめく一大基地。

「戦いは始まっていた。2年前の火星人誘拐からではない。第一次火星会戦より、延々と。」
統合軍の軍服姿の男たちが彼に敬礼する。
北辰は影となって、クサカベの後ろについて中央部へと向かう。

「やあ、閣下。ご覧になりますか。」
車椅子に座った老博士がクサカベに声をかけた。足を失い、自身の信じた猫を失った男。
「ああ、博士の力を見せていただきましょう。」
動座の支持で、中央部に安置されていたソレにつながれた端末が研究員によって操作される。

つながれたのは太い、電子コネクター用のケーブル。
ヤドカリと呼ばれた、対戦中ナデシコA付属パーツのYユニットに進入を果たした機体。
それからヒントを得たものが一連の装置開発につながっている。

「IFSコネクタのナノマシンネットワークは意識のネットワークと言ってもよいでしょう。」
金色の箱。ナノマシンでも、金属でもない、なにかで構造されたボソンジャンプのブラックボックス。
演算装置と目される遺跡が、端末操作によって活性化する。

「それは、ボソンジャンプでも同じことが言えます。任意の場所を自身の記憶から抽出し、演算を行う。
このプロセスこそがジャンプに干渉するヒントだったのです。」

青の光が乱舞する。遺跡全体の第一次活性化まではいかない、遺跡単体の意識仲介開始の兆候。
花開くように、演算装置はその形を変えて咲き誇り、花弁の内をさらす。

実験の成功を、この時を待ちわびた研究員と火星の後継者に参加した者たちの感嘆の声が上がる。
「ほう、これが。」
「はい。」
花弁の内にあったのは、胎児の様に身を丸めた裸身の女性の姿だった。

体には電極やコードなどの人工物は繋がっていない、背骨に沿うように遺跡が接続されている。
肉体は人間的な生気はなく、肢体そのものが遺跡の構造体によって覆われている。
唯一の人工物は頭に繋がった髪飾りにも似たコネクターのみ。
「ミスマルユリカ嬢をインターフェイスとして構築した、遺跡入力端末。その完成した姿です。」

驚きの声が周囲より上がる。コロニーにいる同志にこの映像を中継したこともあって反応は大きい。

「本来入力を行う人間に、外部から入力を行うことは不可能です。
ですが、IFSというネットワークを体内に宿した人材だからこそ分かったことがある。

ボソンジャンプに必要な位置の索引は、個人の意識と知識がベースとなるのです。
ならば、それらを肩代わりする装置があれば。」

「自由に、跳躍が可能だと言うのか。」
単純なる理論であった。ボソンジャンプのイメージングをそのままに、直接端末へと接続するという暴挙。
クサカベは一抹の不安と、現実にある結果への満足を抱き、動座にたずねる。

「して、実験のほどは。」
「成功しております。」
何を尋ねるのかと逆に問われるような響きだった。

「そうか。では、はじめられるな。」

機は熟した。クサカベに立ち止まるという選択肢はもう消え去った。
あとは、相手の宣戦布告に答えるのみ。
「連合政府によるヒサゴプランへの不信感はまだ軽いが、何度とコロニーに不備があれば警戒されよう。」

スケジュールプランはすでに決定している。
ヒサゴプランの査察団が向かうは、アマテラス。
「アマテラスへの査察中に、武装蜂起を行う。各自その時を待ってくれたまえ。」

ウインドウが十人一色に染まる。歓喜にも似た、覚悟の表情。
火星の後継者、彼らは胎動を追えた。表舞台へと踊りでる時は、近い。


火星慰撫部隊駐屯地ユートピアコロニーの一室に、男たちは集っていた。
アフメット、アキト、ブッカーにヤマサキの4人だ。オペレーターにはラピスラズリたる3人が参加するはずが、
シートにはユキが一人表示を行っている。
「臨検査察の次回予定地をアマテラスに決定した。」

アフメットの言葉に、各自が機をこちらから作り出したことを自覚した。
「ブッカー少佐、あなたは慰撫部隊の行動をどう見る。」
「それを実行者であるアキトから聞かれても、なかなか難しいものがある。」
少々いいにくそうに見えるのは、集った者たちが慰撫部隊に所属する上で、
それぞれが抱えている事情を彼が理解しなければならず、理解した状況にあるからだ。

「君たちの行動理念は生存願望と、復習からなっている。彼らの行動は大儀からなっている。
建前でも、そのような大儀を抱く狂人集団に立ち向かう君たちもまた、」
事更に言いにくい言葉を、ヤマサキが引き継いだ。
「狂っている。生きるという執念に。」
「そうです。」
胸の使えが消えたようなため息が漏らされた。
圧迫された重圧、部隊のことを知るが故に抱かずに入れないブッカーの袂に巣食う考えが、場をしんとさせる。

「狂っているのは、彼らも我々も同じさ。」
重苦しい雰囲気をアフメットが切り裂く。
「行わなければならない理念が、彼らは大儀に、こちらは個人と連合政府の意図にある。
火星慰撫部隊は私が見出し、賭けてみる駒だ。此処まで来てしまったのではない、此処まで来たのだ。」

「勿論、止まるつもりは毛頭ない。少佐、あなたの不安は俺が預かっておこう。」
ウインドウにコロニーの地図が表示される。
円形に構築された境界線は、そのままに防衛ラインを指す。第二防衛ラインには5箇所に相転移エンジンが配置され、
ディストーションフィールドの展開が可能な状況におかれ、固定砲台も設置された。
「戦いは此方でおこるか、極冠でおこるかは五分と五分。最後にどちらが勝つのかなど、考えなくてもいい。
生き抜くことを考え、戦闘するのみだ。」

「予測しえる戦闘は、極冠とこちらの力比べとなるだろう。」
アキトの声にウインドウがいくつも展開される。

「潜在戦力はこちらに分がある。連合宇宙軍、統合軍の総体をバックに控えている。
だが、一番に重要となるのは統合軍の動向だ。

連中は旧木連勢力が根付いている。クリムゾングループを主とする反ネルガル企業は統合軍を支援し、
一部反連合国家と結託している。」

「敵が身内にいるのが、何よりも怖い。同士討ちの感触すら出る。それならば、統合軍は敵と見なすか。」
ブッカーの提案には、一緒くたにして殲滅するという徹底的なものだ。

「だが、こちらも人道を掲げている身だ。そのようなことができないと、あちらも分かっているだろう。
民意を力にするというのは、こちらもできないわけではないさ。ボソンジャンプの操作、管理方法すら分かればな。」
もっとも欲する知は、人間にない。
解明すらできるのか分からぬ知識に、クサカベは賭けているのだろう。

原理は分からないが、利用はできる。使用できるのなら、経験とともに解析も進むはずである。
人間の歴史で、このような行為は何度も行われてきたのだ。対象が時空間移動という大それたものになっただけで、
人間は利用することをやめず、使おうとする。

「人としての、進化の欲求か。進まなくてはならぬ要素をみつけた。ならば、進もうとする。」
「勿論、彼らに限ったことではない。」
アフメットの声に、同意の声は返ってくることはないが、空気で分かるのは同意だった。

「だからこそどちらが選ばれて、どちらが排斥されるのかは時代が選ぶことではない。我々が選ぶのさ。」
アキトの倣岸たる発言に、ヤマサキは笑みを浮かべ、ブッカーは怪訝な表情を浮かべる。
「ならば、どう選択する。」
ブッカーは新たに展開されるウインドウに目を配る。

機動兵器の設計図と実地テストの模様。ユーチャリスでの実働演習行動。ナデシコBの増強プラン。
アマテラス内部設計図と、調査員によって発覚した謎の区画。
資材搬入の様子と、過剰なまでの兵装・食料の搬入リスト。

「これは、アマテラスで起こりつつある行動と我々の行っている行動の情報だ。」
アキトの言葉に従うように、慰撫部隊と後継者陣営の両方に分裂してウインドウは表示される。
「アマテラスへの臨検査察勧告を今回行いました。すでに過剰な兵装と資材の搬入を確認しています。

非連合政府の船舶なども、見学会と評して表敬訪問を予定していることから、
次回の臨検査察においてあちらは行動を表に出す模様ですね。」


ヤマサキが天気を告げるかのように言った。
だが、内容としては連合政府に波紋を投げかけるものだった。ブッカーとて理解できる現状に、
慰撫部隊にいる己がやらねばならぬことを想起できる。

「人の心は、不安から安定を求める。どちらに天秤が傾くのか、天秤の錘になる時は近いのか。」
未来を案じる彼の声に、アキトは自身の行ってきた行動の終着が近づいているのを感じつつ言う。
「行動しなければならない時が来た。こちらも行動するときを待った。」

「準備は流々。」
ウインドウにはアマテラス攻略のための経路が。
「機体は上場。」
ネルガルより譲渡され、ヤマサキとイネス、極秘としてネルガル本社で調整指示をおこなうウリバタケの様子と、
ブラックサレナと呼称される機体のテストを行うアキトの姿。
「それに。」
火星慰撫部隊の姿が表示される。

アキト・ヘミングと彼の家族。部隊それぞれの訓練風景。
ユーチャリス就航時の懐かしくもない、最近ともいえる映像。
そして、FAFよりやってきた男たち。

すべてが、室内に集った者が見たことのある記録だ。
「私たちは、一人じゃない。」
アイが淡々と述べる言葉は、男たちに染み入る。

「行動する時がやってきたんだな。」
「作戦はすでに上がってきている。アマテラスを強襲し、短い戦いの出鼻を挫く算段だ。」
ブッカーの声に力が滾り、アキトは戦いの策を告げた。
そうしなければ、ブッカーは今にも行動を起こす雰囲気だったからだ。
「乗ろう。人として禁忌を犯す連中に、世界は任せられない。」

行動はすでに始まっていた。いや、つもりだった筈が実行されていたのだ。
慰撫部隊と、火星の後継者の戦いは始まっていた。



遺跡の内なるミスマルユリカ、彼女は眠り続ける。
永劫にも似た時間をすごしてきた遺跡は、破棄された己の使命を延々と続けていた。

遥かな時間のかなた、古代火星人と呼ばれた高度知的生命体は彼らに出会った。
時間と空間を瞬時に越え、煙に巻き、こちらが提示する接触の言葉や記号を一切無視し、
現在の人間とは異なる生態系から成る自分たちとは異なる異邦人。

理論は分かった。理屈も分かった。

ボソンジャンプという技術とテクノロジー。

だが、どうしても底に見えるのは不可解なまでの歪曲さ。ロジックではなくフィジック。
徹底的に削ぎ落とされた理屈より生み出され、歪曲しながらも紆余曲折の終結を見る理論。

彼らはそれらを無視した存在。

理屈は分かった。原理も分かった。結局古代火星人である者は、
その研究を破棄して生まれたばかりの銀河系の一惑星に遺棄した。ただひとつの使命を残して。

夢は与えられるものだった。自発的な記憶の整合、整理、予知、未来ではない。
ミスマルユリカは永劫の夢を見る。

観測者としてあった彼女であり彼でもある意識の過去。
胎動の振動はすでに感じられている。構成素材として選ばれたチューリップクリスタルは、彼らの唯一残した残滓。

波動を感じる。振動を感じる。チューリップクリスタルが無機成る意思でもって祝福の喝采をあげる。
まもなく、やってくるだろう。いや、やってきていると。

遺跡はただ、その声を遠くへとつなげる。











さて、次はどうしようか?